企業のおカネの使い道に「べき論」はない
今年に入って、あらためて景気が少しずつ底堅くなってきた気がします。マクロ指標ももちろん、それ以上に自分の周囲を見渡しても肌感覚としてよくなっている印象です。
印象論はともかく、今後、数カ月で企業業績も出そろってきます。12月決算の会社は速報値として、そして3月決算の会社も、この時期になるとおおよそ今期の着地数字が見えてきた頃だと思います。
そうなると、政権与党からの企業に対するプレッシャーが、にわかに現実味を帯びても来ます。曰く「会社が好業績を上げたら社員の賃金を上げるべきだ」というプレッシャーです。
はたして、この論理は正しいものなのでしょうか? 会社がアベノミクスで好調のまま決算を迎えたら、社員にも還元しなくていけないのでしょうか? その妥当性について今回は考えてみたいと思います。
さて、いきなり結論から書きますが、私は「好業績の企業が社員に報いるかどうかは、あくまで会社の判断。ただ、もし報いるのであれば、賃金のうち基本給ではなく、あくまで賞与(一時金)であるべき」と思っています。
前半部分は当たり前の話で、会社の稼いだカネを会社でどう使おうが、その会社(株主)の勝手です。国からとやかく言われる筋合いのものではありません。企業のおカネの使い道に「べき論」は存在せず、会社の判断で自由に使い道を決めればよいと思います。ここは論をまたないし、そもそも言うまでもないことです。
ただ、その使い道を社員に還元すると決めた場合、その方法として毎月支給される基本給アップ(ベースアップ)につなげていくというのは、ちょっと違うのではという印象です。
その理由を、賃金の性質をひもとくことから考えていきます。
通常、賃金というと3つの構成要素に分解されます。ひとつ目が基本給、2つ目が賞与、3つ目が手当です(構成要素というより賃金の持つ性格といってもよいかもしれません)。おそらく賃金を上げるというと、毎月支給される基本給の増額、基本給体系の底上げを指す場合が多いと思います。
そこで考えたいのですが、基本給とは何を根拠に支給されるのでしょうか?
もちろん、一義的には自らが提供した労働の対価ではありますが、そういう身もふたもない話ではありません。そもそも基本給の金額水準は何で決まり、個人や会社による金額の違いは何によるものなのでしょうか?
無料会員登録はこちら
ログインはこちら