ダイソンが「給料の出る」大学をつくった事情 平均年齢26歳、凄腕技術者育てる「虎の穴」

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もちろん、若手エンジニアがいくら斬新な発想をしても、それが上司やセールスサイドの意見で角が取れたり、ボツになれば元も子もない。だが同社バイス・プレジデントのジョン・チャーチル氏は「エンジニアの間に年齢や立場による上下関係は存在しない」と断言する。開発の過程での失敗はむしろ推奨される。ヘア・ケアカテゴリの責任者、グレアム・マクファーソン氏は「失敗は変化を起こすために必要なものと考えている。管理職は、どうぞ失敗してください、というスタンスでいることが重要だ」と語る。エアラップの場合、約6年の開発期間でプロトタイプを650個も作ったという。

若手の発想力を武器にするダイソンにとって、何より重要なのは優秀な若手エンジニアの卵が育つこと。だが、イギリスにおいてエンジニア職の人気は低く、イギリス企業は毎年7000人近いエンジニアの不足を、海外での求人で補っている。そこでダイソン氏は、本社の敷地内に4年制大学まで作ってしまった。自身の財団とダイソンからの約32億円の出資をもとに、2017年に開学したのが「Dyson Institute of Engineering and Technology)」だ。日本語に訳すとすれば、ダイソン工科大学といったところか。

【2019年1月18日10時45分追記】初出時の大学名称「ダイソン工科大学(Dyson Institute of Technology)」を上記のように修正いたします。

「ダイソン大学」の2018年度入学生は給与を受け取りながら学ぶことができる(写真:ダイソン)

最大の特徴は、初年度1万6000ポンド(約220万円)の給与を受け取りながら教育を受けられることだ。学生たちは、1~2年生のうちはエンジニアリングの基礎を、3~4年生になると電機・機械工学を中心としたプログラムを履修し、卒業すると学士号を得ることができる。それと並行して、授業期間中は週3日、学期外は週5日、エンジニアとして実際の業務に従事することになる。勤務地はイギリス本社のみならず、研究開発拠点のあるシンガポールや、電気自動車(2021年発売予定)の極秘開発が進められているイギリス・ハラビントンのオフィスで働く機会もあるという。

若手開発者がイノベーションの源泉に

このプログラムは一躍話題を呼び、2017年9月からの第1期生には25人の定員に850人の応募者が殺到した。中にはケンブリッジなどの一流大学を蹴って入学した学生もいる。大学設立の目的はエンジニア不足という社会問題を解決することであり、卒業生はダイソンに入社する義務はない。ただこれにより同社の開発現場がさらに刺激されていることは確かだ。そしてもちろん、開発が若手のみで成り立っているわけではない。商品を完成へ導くうえでは、ベテラン陣の経験と知識がものをいう。

「下積み期間」を設けず、フレッシュな感覚や仕事への貪欲さをイノベーションの源泉として活用できる企業風土。この重要性を理解していたとしても実行できている企業は、少なくとも日本の大手では少ないのが現状だ。ダイソンが製品の斬新さで他社を凌駕する理由の1つはここにある。

印南 志帆 東洋経済 記者

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いんなみ しほ / Shiho Innami

早稲田大学大学院卒業後、東洋経済新報社に入社。流通・小売業界の担当記者、東洋経済オンライン編集部、電機、ゲーム業界担当記者などを経て、現在は『週刊東洋経済』や東洋経済オンラインの編集を担当。過去に手がけた特集に「会社とジェンダー」「ソニー 掛け算の経営」「EV産業革命」などがある。保育・介護業界の担当記者。大学時代に日本古代史を研究していたことから歴史は大好物。1児の親。

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