参院「定数6増」より筋の悪い「特定枠」の正体 自民の公選法改正案は民主主義を壊している

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比例代表の定数増がなぜ4なのか。それはすでにある合区で立候補できなくなる現職議員の数に合わせるという自民党の都合だけが理由である。島根県など4県はいずれも伝統的に自民党が圧倒的に強く自民党以外の候補者が当選することはほとんどない。特定枠は合区によって立候補できなくなる自民党の現職議員を比例代表で当選させるという露骨な救済策なのである。自民党による選挙制度の私物化と言いたくなるような改正案である。

さらに驚くことに特定枠の候補者は「選挙事務所の設置、自動車などの使用、文書図画の頒布や掲示、個人演説会は認めない」とされている。つまり特定枠の候補者は選挙運動を行えないのである。そうした理由について、自民党は特定枠の候補者はほかの比例区候補と異なり個人名の得票数によって当選するのではないから、選挙運動をしなくていいと説明している。

ほかの比例区候補は個人名での得票数を確保するために全国的組織をバックに選挙運動を展開する。一方、特定枠の候補者は人口が少ない合区となった県の出身者であり、全国的な支持組織もなければ知名度もない。にもかかわらず当選が保証されている。仮に特定枠の候補者が他の候補者と同じ条件で選挙運動をして個人名の得票数が極端に少なかった場合、なぜ1位、2位で当選できるのかという正当性は説明しにくくなる。ところが選挙運動を禁じておけば個人名の得票が少なくても言い訳ができる。これまた自民党の都合に合わせただけの改正内容である。

この結果、当選は確実だが選挙運動を禁じられた候補者が誕生する。国民はこの候補者らがいかなる人物か知りようもない。これはもう民主主義的な選挙そのものの否定につながるようなやり方だ。

しかし、国会審議を見ると意外なことに特定枠について野党の批判はそれほど強くない。というのも特定枠は自民党以外の政党も活用できるためのようだ。少数政党は党首を特定枠の候補にして、当選可能性を高めることに利用できる。そんな思惑があるから制度としての問題点をあまり指摘しないまま審議が進んでいるようだ。

格差どころじゃない、合区での2議席確保

一票の格差がこの改正で本当に解消されたかという点も疑問である。選挙区だけを見ると確かに3倍以下になる。しかし、特定枠を設けて合区から立候補できない現職を救済するということになると、自民党独占区の場合、実質的には合区の県は選挙のたびに2議席が確保されていることになる。これは一票の格差が選挙区と比例代表の二つの制度によってうまく隠されていることになってしまう。事実上の「格差隠し制度」ともいえるだろう。

また、これまでは選挙区の定数を是正することで違憲状態に陥らないよう対応してきたが、今後は格差拡大への対処として、仮に新しい「合区」を設ける場合、自民党はそれに対する不満や批判を回避するために特定枠をどんどん拡大するだろう。制度上は比例代表の候補者全員が特定枠でなければ何人を特定枠にしようが政党の自由となっている。

その結果、比例代表は合区に対する救済選挙区になってしまい、人口の少ない県の出身議員が多くを占める日が来るかもしれない。比例代表の本来の意味が完全に変質するばかりか、参議院そのものが何のためにあるのかという根本的な疑問さえ出てくるだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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