丹羽宇一郎選、沖縄戦の悲劇を知る「この1冊」 「怒りに身が震え、涙が止まらなかった」

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日本軍の敗残兵が山中に入る過程や、山中での飢餓、食料を求めての彷徨など、沖縄戦の体験者の話はフィリピン戦線の体験者の話と重なる。フィリピンや南方で起きていたことが、沖縄でも起きていたのだ。フィリピンと異なるのは、山中をさまよったのは兵士だけでなく、住民もいたことだ。ただでさえ食料のない山中に、弱者である避難民が入り込めば、酸鼻を極める事態になることは自明である。

「住民も、兵士も悲しい。生きるために、自らの生命を守るために、非人間的な行動を選び取っていく」(『奪われた物語』)

これが戦争の真実だ。沖縄を守るために来たと思っていた兵隊が、住民たちから食料を強奪する事件が頻発した。沖縄県民が裏切られたと考えるのは当然と言える。

沖縄の声に耳を傾け戦争の真実をイメージせよ

好意を寄せる女性が敵兵に凌辱されているかもしれない現場を、樹上で見ているだけの手榴弾しか持たない若き兵隊。

「アイエナー、チムグリサよ(ああ、かわいそうになあ)」

彼はそれでも生きる。樹上に居続けるとは生きる意思だ。

「戦争の中で火葬ができるのかね」

突然、遺骨となってしまった夫の死を受け入れられない身重の妻は、幼い女児と摩文仁(まぶに)の断崖から身を投げる。断崖の向こうに、死んだ父親と妹とまだ生まれてきていない赤子と、一家で幸せに暮らせる世界があるのか。

以上は、『一九四五年 チムグリサ沖縄』に収められているエピソードの一部だ。

6編のエピソードの中でも、最終話は最も悲惨である。日本軍に捨てられ、御真影を持って逃げ惑う教師と女学生たち。途中で遭遇した米兵に凌辱される女学生。それを止めることもできない引率教師。女学生が叫ぶ。

「私たちは必死で国を守っているのに、国は何もしてくれないじゃないですか」

それでも生きる選択をした犠牲者の心情を思うと、いたたまれない。作中、女学生の叫びとして描かれている言葉は、沖縄の声のように聞こえる。自らをむなしくする。それが、中国大陸の政権と日本本土の政権の間で翻弄されてきた、琉球王国という小国が生きていくための術だった。これを「空の思想」と沖縄の人々は呼んでいるという。

時代は移ったが、現代史の中でも沖縄は何度も裏切られ、辱められた。その都度、沖縄の人々は我慢強く耐え、誇りを守ろうとしてきた。沖縄の人々の、この生き様を著者の大城貞俊氏は「被姦の思想」と名付けている。

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