「全国民へ生活費支給する政策」が有効なワケ 経済を成長させ、景気や雇用を安定化させる

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人々の支出力を高めることは、先進諸国の大きな関心事になっている。人々の所得の伸びが生産力の伸びに追いついていないからだ。昔は、生産性が向上すれば実質賃金(インフレ調整済みの賃金)が上昇し、総需要(要するに消費の量)が拡大した。しかし、今日の経済ではこの図式が当てはまらない。生産性が向上しても賃金が上昇せず、成長が鈍化しているのだ。

今日の開放経済の下では、昔のような生産性交渉を通じた所得政策が極めて難しくなっている。そもそも、そのような取り組みが盛んに行われていた1960年代当時も、成果が上がる場合ばかりではなかった。一方、今日は昔よりも、賃金の停滞や下落に苦しむ家庭が借金をしやすい。その結果、債務バブルが発生して、やがてそのバブルが弾けて大打撃が生じる危険も大きくなっている。

2007~2008年の世界金融危機の引き金を引いたのも、そうした現象だった。今後、再び同じことが起きても不思議はない。その点、ベーシックインカムは、高い水準の総需要を維持しつつ、経済の脆弱性を軽減できる。

中小企業や起業家にも恩恵が及ぶ

見落とされがちだが、ベーシックインカムが中小企業や起業家にも好ましい影響を及ぼすことは間違いない。経済的な安全が確保されれば、人はリスクを伴う起業に前向きになる。失敗した場合にも、当てにできる収入があると思えることの効果は大きい。

途上国では、ベーシックインカムと現金給付が起業を後押しすることがわかっている。インドのマディヤ・プラデシュ州で行われた実験でも、ベーシックインカムと起業の間に強い関連が見られている。

先進国では、起業の夢を持っている人だけでなく、不本意ながら自営業やフリーランスで働いている人にも安全を提供できる。さらには、人々が仕事のためのトレーニングを受けたり、就職先を決めたりするときに、「食い扶持」を稼げる可能性が高い分野よりも、自分の適性や意欲に合う分野を選びやすい状況をつくり出せる。

そうなれば、人材が適切な職に振り向けられ、人々の仕事に対する熱意も高まって、生産性が向上する。アメリカでは、従業員のやる気不足による生産性低下が原因で、推定約5000億ドル(約53兆円)が失われているという。

ベーシックインカムは、賃金労働から、それ以外のさまざまな活動への移行も後押しできる。具体的には、子どもやお年寄りの世話をしたり、ボランティア活動や地域コミュニティの活動に参加したり、自己啓発のために時間を割いたりしやすくなる。また、雇用拡大のためだけに新規雇用を創出する必要性も減る。雇用対策のために、資源を枯渇させたり、地球環境を汚したりする業種の仕事をつくらなくてすむのだ。この2つの点において、ベーシックインカムは、環境面と社会面でより持続可能性の高い経済成長を促すと言える。

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