150年目、「明治維新」が問い直される根本理由 保阪正康氏が語る「賊軍」側からの見直し

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ところが、薩摩閥の系統の後輩たちに、出世では先を越されます。こんな不公平な人事をする海軍にはもういられないと、辞めることを決意しました。けれど、お父さんに手紙で「おまえは出世するために海軍に入ったのか」といさめられ、踏みとどまりました。

彼がここで辞めていたら、後の日本は太平洋戦争を終結させることができず、破滅へと向かっていたかもしれません。

――『賊軍の昭和史』では、「官軍出身者が始めた戦争を賊軍出身者が終結させた」というユニークな見方が展開されていますね。

終戦時の海軍大臣の米内光政のほか、戦争終結を強く望んだ海軍大将の井上成美も賊軍(仙台)出身ですからね。そもそも、この2人とともに戦前「左派トリオ」といわれ、日独伊三国同盟に強硬に反対した山本五十六は、会津に味方し官軍に頑強に抵抗した長岡藩の出身です。

反対に、日独伊三国同盟に前のめりだった陸軍や海軍の軍人は、官軍の流れを汲む人たちだったと見ることもできるでしょう。

ですが、何よりも私は、「勝てば官軍」的な「官軍的体質」をもった人たちが昭和の戦争を始めたと思っております。

それに対して、「賊軍的体質」を持った人たちが戦争を終結に導いたと。彼らは「負け方」を知っている、それで戦いを収めることができたのではないかと……。

鹿児島での「薩摩と長州はまったく違う」という声

――反「薩長」的な主張が目立つようになってきたことに対して、鹿児島県(薩摩)や山口県(長州)の方たちはどう思っているのでしょうか。

鹿児島に行ったときのことです。『賊軍の昭和史』を読んだ方から、こんなことをいわれました。

「先生は“薩長”という言葉で簡単に一緒にするけど、薩摩と長州は全然違うんですよ」

薩摩は1877(明治10)年、それこそ「西郷どん」の西南戦争で負けて「賊軍」になってしまいました。賊軍の立場も知っているわけで、ずっと官軍できた長州とは違うというわけです。

会津(福島県)などからすれば「薩長」と一緒にしがちですが、たしかに薩摩と長州はまったく異なります。価値観も大きく違うように思えます。

――確かに、ひとくくりにはできない、地域ごとの歴史があるわけですね。

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最近の明治維新の見直しは、地域の歴史ということに思いをはせるいい機会かもしれません。

日本の歴史といっても、地域ごとの歴史がありますし、それぞれの歴史観があるわけです。薩摩や長州からの歴史観と、会津からの歴史観は違って当然ともいえるでしょう。昨年はスペインのカタルーニャ独立運動が大きく報道されましたが、この背景にも地域の歴史観ということがあるはずです。

地域ごとの歴史の多様性を認めたうえで、歴史の教訓を生かすことがいま求められているのかもしれません。

地域性なども含め、明治維新を改めて問い直すことで、日本の近現代史をより深く解析できるような気がします。そうした意味で最近の薩長史観の見直しは、薩長の人々にとっても意義あることといえるのではないでしょうか。

保阪 正康 ノンフィクション作家

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ほさか・まさやす / Masayasu Hosaka

昭和史の実証的研究を志し、延べ4000人もの関係者を取材してその肉声を記録してきたノンフィクション作家。1939年、札幌市生まれ。同志社大学文学部卒業。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。個人誌『昭和史講座』を中心とする一連の研究で第52回菊池寛賞を受賞。『ナショナリズムの昭和』(幻戯書房)で第30回和辻哲郎文化賞を受賞。『昭和史 七つの謎』(講談社文庫)、『あの戦争は何だったのか』(新潮新書)、『東條英機と天皇の時代(上下)』(ちくま文庫)、『昭和陸軍の研究(上下)』(朝日選書)、『昭和の怪物 七つの謎』『近現代史からの警告』(共に講談社現代新書) ほか著書多数。

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