日本人は「不妊治療のリスク」を知らなすぎる 不妊治療の成功率は「世界で最下位」

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前回記事でも少し取り上げたが、顕微授精実施には前提とすべきことがある。1つは、精子数や運動率よりも、得られた精子の質が良好であること、つまり精子の機能が正常であって、穿刺注入できるレベルの高品質な精子であることを確認できているということだ。もう1つは、生殖補助医療は、人工的な技術を加えるほど異常が起きやすく、なるべく自然に近い方法をとったほうが安全だということだ。

一般的な不妊クリニックでは「問題があるわけではないから、顕微授精を実施しても構わない」という考えであるのに対し、最近では「生まれてくる子どもの安全が最優先。安全性が確認できたわけではないから、なるべく顕微授精を回避しよう」という新たな潮流も出てきている。

「『精子の質の選別と評価』の技術開発に関しては、少し難しい表現になりますが、『性交で自然に膣内に射精された精液中の精子が、卵管内の卵子まで到達するまでの間に、精子の質の選別が自然に行われていることを再現すること』が重要です。そこでは精子の優劣を人為的につけているわけではありません。言い換えれば医療行為には必ずリスクが伴うため、限りなく自然妊娠に近づけるように技術開発し、人為的な医療行為を極力減らす技術に徹することによって、生殖補助医療、特に男性不妊治療の安全性の向上に貢献することを目指すことが大事なのです」(黒田医師)

生殖補助医療の技術的な安全策として、卵管型の微小環境での体外受精である「人工卵管法」が開発された。それによって高品質な精子が選別できれば少ない精子数でも自然に受精させることが可能になり、顕微授精を回避できるようになった。顕微授精をしなくても受精させることができる安全な不妊治療を確立することが可能になったのだ。この方法によって、顕微授精を何回も試みても妊娠に成功しなかった夫婦が、受精、妊娠、出産に至っている。

生殖補助医療は「夢の治療」なのか

『本当は怖い不妊治療』(SBクリエイティブ)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

不妊治療の真の目的は、生まれてくる赤ちゃんが健やかに育ち、元気な一生を送ること。不妊クリニックをいくつも回って、生殖医療技術を駆使した治療を受け、貯金を使い果たしたとしても、確実に成功するわけではない。赤ちゃんはあくまでも授かりものだ。それを踏まえたうえで、患者は納得がいく治療法を選択し、また、医療従事者は、患者に生殖補助医療のリスクについて説明する義務があるのではないだろうか。

「夢の治療」と言われている生殖補助医療の取材を始めてみると、不妊治療はまだ発展途上にあるということがわかってきた。繰り返すが、日本は不妊治療を受けている患者数が世界第1位にもかかわらず、その治療による出産率が世界最低なのである。

自由診療のため、ほかの国と比べても費用負担は高額で、関連する法律もなく、法制化の議論が止まったままでいまだに多くのことが議論されていない。その結果、医者と患者との間に齟齬が生じているのが現状で、さまざまな問題が積み残されたままだ。

医療の進化は日進月歩だと言われている。世界的にも体外受精は開始から40年弱、顕微授精は25年しか経っていない。社会や文化、価値観、宗教、信条などを十分に考慮したうえで議論を重ね、生まれくる子どもの幸せを考えた法律を、一日も早く制定してほしいと願う。

草薙 厚子 ジャーナリスト・ノンフィクション作家

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くさなぎ あつこ / Atsuko Kusanagi

元法務省東京少年鑑別所法務教官。日本発達障害支援システム学会員。地方局アナウンサーを経て、通信社ブルームバーグL.P.に入社。テレビ部門でアンカー、ファイナンシャル・ニュース・デスクを務める。その後、フリーランスとして独立。現在は、社会問題、事件、ライフスタイル、介護問題、医療等の幅広いジャンルの記事を執筆。そのほか、講演活動やテレビ番組のコメンテーターとしても幅広く活躍中。著書に『少年A 矯正2500日全記録』『子どもが壊れる家』(ともに文藝春秋)、『本当は怖い不妊治療』(SB新書)などがある。

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