米国とロシア「サイバー戦争」のリアルな危険 水面下でせめぎ合いが続く現状

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では具体的にはどんな攻撃なのか。WPでもそこまでの詳細は明らかになっていないが、考えられるのはこんな攻撃だ。アメリカは、ロシアのインフラ施設や関係者などの情報をサイバー攻撃で徹底的に収集し、CIA工作員やスパイを使いながら、施設に出入りする人間に接近する。そうした人たちを介して、内部の制御システムにマルウェア(不正プログラム)を侵入させ、システムを支配下に置く。

感染したマルウェアはインフラ施設の内部データを記録し、出入りする関係者が持ち込んだコンピューターなどに再び感染させ、データをNSAに送信する。NSAはそのデータを元にさらに精度の高い攻撃に修正し、再びインフラ施設内に送り込んでアップデートする。マルウェアは、管理者などに見つからないように平時は悪さをせずにじっと潜伏し、しかるべきタイミングで「爆発」、つまり破壊または不正操作を実施する、というものだ。

米国はサイバー兵器を通常兵器と同様に扱う

もっとも、今回WPが暴露したロシアに対するサイバー攻撃の話は、決して驚くようなものではない。アメリカはこれまでも、ロシアに対してサイバー攻撃を実施してきているからだ。過去にリークされた米機密情報によれば、たとえば2011年だけを見ても、アメリカは231件のサイバー攻撃を他国に対して行なっているが、そのうちの4分の3は、イラン、中国、ロシア、北朝鮮を標的にしたものであったことが判明している。またアメリカは世界中で、すでに数多くのパソコンやインフラのシステムなどを支配下に置いているとも言われており、ロシアももちろんその対象になっている。

米国政府では、攻撃的なサイバー作戦は大統領の承認が必要となる。オバマ政権は2011年に「サイバー空間の国際戦略」を公表し、その直後に国防総省が「サイバー空間作戦戦略」を発表、サイバー空間における作戦の方針をまとめている。それに合わせて、サイバー兵器を米軍の武器弾薬リストに初めて加え、米軍はサイバー兵器を通常兵器と同様に扱うようになった。

要するに戦車やライフル銃などと並んで、パソコンを使ったサイバー兵器も、運用に関しては米軍の同じルールが適応され、それをどう使うか、いつ使うのか、何ができて、何ができないのか、という認識の共有を始めているのだ。

また、外国のコンピューターに侵入するサイバー攻撃には大統領の許可が必要だが、外国のインフラがどのように運営されているのかを調べるための「潜入」といったスパイ行為には大統領の許可はいらない、といった細かな規定まで決めている。

つまりロシアのインフラへの攻撃には当時の大統領オバマの許可が必要だったのであり、だからこそ、この攻撃は軍事作戦の一環であると見ていいのだ。そしてこのサイバー兵器を「爆発」させる時こそ、「敵国」ロシアへの軍事作戦の始まりを意味する。

ただオバマが承認したこのサイバー攻撃作戦は、オバマの任期が終わった時点ではまだ完了しておらず、そのままトランプに引き継がれた。ロシアとの関係性で責められ続けているトランプだが、そんなトランプの手中には、オバマから受け継がれた対ロシアのサイバー兵器が握られているのである。

今後その兵器が使われる日が来るのかどうか――。トランプの動きから目が離せない。

(文:山田敏弘/ジャーナリスト、ノンフィクション作家、翻訳家)

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