元カレをストーカーにした50歳女性の言動 警察に突き出すなら感情で伝えてはいけない

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「本当にいいんですね?」

「いいの。だって逮捕なんてあんまりだわ」

「わかりました。では、私ができることはここまでです」私はそう伝えた。人というのは不思議なもので、いくつかの感情が複雑に入り交じると怒りも何も感じなくなる。無の境地とはこういうことなのかもしれない。

「また何かあったら連絡してください」

「そうするわ」彼女はスタスタと歩いていった。

「あ、ひとついいですか?」私は彼女の背中に話しかけた。

「なに?」彼女が立ち止まり、面倒くさそうに振り返る。

「インスタグラムです。私が見るかぎり、あそこに載せる写真が男性の感情を刺激しています。メールや電話をやめてほしいのであれば、インスタグラムをやめたほうがよいかもしれません」

「何それ。そんなの私の勝手でしょ」そう言い捨て、彼女は去っていった。

情報を発信することのリスク

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インスタグラムなどSNSは手軽な情報発信ツールだ。誰もが、そうわかったつもりで使っている。しかし、実際にはわかっていない。情報を発信することのリスクを軽くとらえているのだ。

料理やレストランの写真は、見る人が見ればわかる。現に付きまといの男は、彼女がどこで食事をしたか言い当てた。リアルタイムで情報発信すれば、今、どこにいるかもわかる。少し長期で観察すれば、職場にいる時間、自宅に戻る時間、休みの日などを把握することもできるだろう。

そのリスクを、はたしてどれだけの人がわかっているだろうか。個人情報保護法ができて以来、企業や行政機関などから情報が漏れる可能性は激減した。彼女が抱えたトラブルはその典型だ。彼女は被害者ではあるが、見方を変えれば、自分の言動でトラブルを引き起こしたともいえる。

男はきっと今夜もインスタグラムを見るのだろう。そして彼女のことを考える。情報を追いかけ、思いを募らせる。

男の愛情は雪のようなものだ。相手のことを思うほど高く積もる。一方、女の愛情は水である。積もることなくさらさらと流れていく──。そんな一節を、小説で読んだことがある。そのとおりだと思った。

佐々木 保博 危機管理コンサルタント/セーフティ・プロ代表

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ささき やすひろ / Yasuhiro sasaki

1980年から埼玉県警察官として28年間勤務したのち、円満退職。その後、国会議員の公設第一秘書を経て、日本の慢性的な危機管理意識の欠如を痛感。警察では立ち入れないところの「正義」を実現するため「民間警察」として困った人のあらゆる悩みに解決策を提供する、株式会社セーフティ・プロを設立し、代表取締役に就任。警察OBの経験を生かしつつ、日々多様化するストーカー被害、反社会勢力などによる暴力、家族の失踪など日常のあらゆるトラブルに対し、警察や弁護士と違った角度から、常に相談者の気持ちを考えて適切な対応をアドバイスしている。

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