男性不妊症は、どうすれば治療できるのか?
男性不妊症のプロ、石川智基医師に聞く

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結果が保証されないからこそ、成功率を上げる態勢を

――男性不妊症は、治療のための環境が整っていないのですね。

体外受精・顕微授精は健康保険が適用されない自由診療ですが、公的な助成制度があります。しかし、男性不妊症の治療には社会的支援がありません。精路再建術にしても、健康保険では糸代程度しかカバーされていないので、現実には自由診療にならざるをえません。そのうえ、精路再建は、全身麻酔下で何時間もかかる手術になるので、10分程度で終わるTESEで手っ取り早く精子を回収して、公的助成のある顕微授精に、流れてしまいがちなのもわかります。

しかし、妻が不必要な不妊治療の負担を引き受けるのは、やはり間違いではないでしょうか。不妊治療を受けても、すべての夫婦が子どもを持てるわけではありません。結果が保証されていないからこそ、男性側の問題も含めて手を尽くすべきだと思うのです。そのためには公的助成など社会的な支援態勢も考え直す必要があるかもしれません。

――医療側の態勢は、どうですか。

専門医を育成すべき、国内の大学病院の泌尿器科では、男性不妊症の患者の症例数が限られるため、私は、海外に行って学ぶしかないと考えました。最近は、私のところに見学に来る若手医師が、婦人科医も含めて増えています。ヨーロッパでは、生殖医療を専門とする婦人科医が精巣の手術を行うのは一般的です。男性の診療に当たる医師も、不妊クリニックの婦人科から紹介されるのを待って診察するという枠から踏み出して、妊娠・出産という結果を出すことを求められている生殖医療に携わる医師としての意識を持つべきです。

夫婦双方に対する総合的な不妊治療をしたい

――今秋に開設される「リプロダクションクリニック大阪」は夫婦双方に対して総合的な不妊治療を行うそうですね。

今、行われている体外受精ありきのような不妊治療は、改善の余地があると思っています。と言って、男性不妊に特化した治療だけを行っても、バランスを欠くことになると思います。妊娠・出産という結果を求めるには、夫婦を同時に診ていくことが理想です。

新設するクリニックには、私の考えに賛同してくれた、女性不妊を専門とする医師、胚培養士ら、スペシャリストたちが集まってくれました。ぜひ、理想の不妊治療のモデルを示したい、と思っています。仕事を持つ方や、遠方から来院される方のため、年末年始を除く、土・日曜日や祝日も開院する予定です。これにより、ベストのタイミングで採卵し、新鮮卵、新鮮精子による治療も可能になるので、凍結を経た卵や精子を使うよりも、妊娠・出産率を高められるのではないか、と期待しています。

――不妊に悩む男性が、日常の中で気をつけるべきことはありますか。

前述したように、精子は温度や酸化のストレスに対して脆弱です。温度ストレス対策では、下着はトランクスを着用し、長風呂やサウナは避ける。酸化ストレスに対しては、禁煙を勧めます。また、夫婦生活の際などに「1週間程度の禁欲をすべし」という根拠のない話が広まっていますが、30代の男性であれば、一般的に2~3日で、精巣上体に精子が満たされ、それ以上だとDNA損傷が増えてくるので、禁欲は無意味です。

最近は、タイミング療法で指定された日に、夫婦生活が持てない「タイミングED」など心因性の問題や、強すぎる刺激を与える誤ったマスターベーションによる性機能障害も若い男性を中心に目立ちます。不妊に関しては、正確な情報に基づいて、最適な治療を受けるように努めることが大切だと思います。

(撮影:尾形文繁)

新木 洋光 フリーライター

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新聞社勤務後、フリーランスライターに。経済誌にビジネス、IT、教育、医療、環境分野などの記事を執筆。

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