視聴スタイルとともに視聴率が変わり始めた 世帯視聴率だけではもうテレビを語れない!

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ところで、今後のメディア調査において、知っておくべきキーワードがある。「パネル」と「全数」だ。パネルとは、調査会社として確保しておく調査サンプルの集団のことで、代表的なものがビデオリサーチの視聴率調査のパネルだ。関東で900世帯という、その全体をパネルと呼ぶ。ビデオリサーチのデータがCM取引の基準(カレンシー)となるのは、このパネルの精度が高く、日本の世帯分布とほぼ同じサンプルで構成されているからだ。

一方、全数というのは何らかのサービス利用者など全員のデータを獲得できる際に「全数データ」などと呼ぶ。例えば、Yahoo!のプレミアム会員1000万人のデータが入手できたとしたら「Yahoo!プレミアム会員の全数データ」ということになる。莫大な数の調査対象なので、かなり細かなことがわかるのが利点だが、その属性に偏りが出る点は考慮せねばならない。Yahoo!プレミアム会員ではおそらく、ネット初期のコアユーザー(40代以降)が多く、若い世代が少ない、ということになるだろう。

そしてテレビ視聴調査の全数データとは、テレビや録画機の「視聴ログ」だ。ソニー、パナソニック、東芝、シャープの4大メーカーはそれぞれの購入者でテレビをネットに接続している世帯の全数データを持っている。そしてそのデータを調査会社などにセールスしはじめた。ここでは、そのデータを活用しようとしている調査会社の紹介をしておきたい。

TSUTAYAの親会社として知られるCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)は、CCCマーケティングというグループ会社で視聴ログの分析活用に取り組んでいる。CCCは「Tカード」を運営しており、これを通じた購買データと視聴ログを組み合わせることで、独特で実務的な分析データの提供をCCCマーケティングが行っている。彼らは「ソレユケ テレビ探偵団」というサイトで、調査分析結果の一部を公表しているので、見てみるといいだろう。例えばアイスクリームのCMを視聴することで、購買率がどれくらい高まるかをわかりやすく解説したりしている。

もうひとつは、先述のインテージ社が設立したIXT(イクスト)という会社を挙げておきたい。簡単にいうと、各社の視聴ログを集めて全体の分析をしようというものだ。非常に大きな全数データを読み込むことで詳細なテレビ視聴が把握できるし、メーカーごとの“偏り”もある程度是正できるだろう。これからきっと出てくる具体的な成果が楽しみだ。

データは封じず、怖れず、制すべし

長々と視聴データについて書いてきたが、最後にぜひ知ってほしいことがある。

これまで、世帯視聴率以外のデータを、テレビ界は封じ込めてきた。実際、私はある人が視聴ログについて「そういうデータがあるのは困る」と口にする場面に遭遇したことがある。居合わせた他業界の方が目を丸くして驚いていた。あるいは討論会がはじまる前に「このデータには触れないでください」と念押しされたこともある。存在するものを「存在しない」とするなんて、まるで中世だ。まぁ、そういう姿勢で守れたものがあるのだろう。

もう今はそんなことを言う人はいないだろうが、振り返ればテレビ界には前時代的な部分があった。だがもはや時代は進み、状況は変化した。あるものをないと言い張るより、あるものをどう使えば得するかを考えるべき時代に入った。もうとっくに一部では研究が始まっている。皆さんが個々人の現場で活用法を議論すべきだと思う。変わるべき方向に進めば、必ず利がある。進むのか、様子見か。答えははっきりしていると思う。

境 治 メディアコンサルタント

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さかい おさむ / Osamu Sakai

1962年福岡市生まれ。東京大学文学部卒。I&S、フリーランス、ロボット、ビデオプロモーションなどを経て、2013年から再びフリーランス。エム・データ顧問研究員。有料マガジン「MediaBorder」発行人。著書に『拡張するテレビ』(宣伝会議)、『爆発的ヒットは“想い”から生まれる』(大和書房)など。

X(旧Twitter):@sakaiosamu

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