【遠藤功氏・講演】遠藤功のプレミアム戦略(その3) マーケティングではなく、ファンにストーリーを語らせる

拡大
縮小

●ポルシェの完全なる戦略

 プレミアムで成功するためにはどうするのか。まず戦略うんぬんを考える前に、そもそも発想を変えなきゃいけないと思っています。今までの日本がやってきた「バリュー・フォー・マネー」の思想と何が違うのかを考えなければいけない。そこには3つポイントがあると思っています。

 1つ目は、台数で売るのではなく1台当たりの収益を確保すること。どうしても日本の会社はたくさん売りたいと思うわけです。でも、プレミアムでたくさん売ったらダメなんですよ。高く作って、全部お客さんに転嫁すればいい。お客さんは喜んで払うわけですから。でも、どうしてもたくさん売ってボリュームを稼ぎ、コスト・ダウンして儲けよう、そういう思想が染み付いているわけです。マス商品ではこの発想は正しかったわけですが、それでは残念ながらプレミアムでは成功しない。

 そして2つ目に、熱狂的なファンを作ること。プレミアムで成功している会社を見ると、カスタマーという発想はほとんどありません。ポルシェには、5%といわれるコアのファンがいます。これはポルシェの中でも911カレラしかポルシェと認めない人たち。とにかく徹底して、この人たちを満足させる車を作ること。これがポルシェに課せられた使命です。その5%を満足させると、それを見てあこがれる人が出てきます。その人はカスタマー。彼らは決して911カレラを買わず、ボクスターやカイエンを買うわけです。それでいいわけです。
5%のファンをとにかく徹底して満足させて、彼らをポルシェ・マニアにすると、自然とカスタマーができてくる。ポルシェ・クラブ、ポルシェのドライビング・スクール、もうあの手この手を使いながら、ファンをポルシェに染めていくわけです。

 以前ドイツへ出張に行った際、ポルシェのドライビング・サーキットに行きました。でも、とてもじゃないけどアクセルなんか踏めないので、隣にプロのレーサーが来るわけです。直線距離で約300kmで「ウワーン」……失神ですよね。
 でも、その後日本に帰り、私は熱く語っていました。その自分を見てあわれだなと思いましたが、伝説ができてくるわけですよ。伝説が。「お前、300km乗ったことあるか」と。自分で踏んでもいないのに、さも自分で踏んだように伝説が生まれるわけ。「ああそうか、やっぱりポルシェに乗ってみたいよな」って思うわけですね、男は。
 それが、エモーショナルな価値につながってくるわけです。あこがれ感、ワクワク、ドキドキ、「いつかはポルシェに乗りたいよなあ」と、なるわけです。すごいですよね、この戦略たるや。最初はファン・サービスかと思いましたよ。……とんでもない。これは完全に戦略です。

●マーケティングではなくファンにストーリーを語らせる

 ポルシェは広告宣伝を基本的にしません。それでは何をするか。ストーリーを作ってそれを語るわけですね。しかもそれは自分で語るのではなくて、前述のようにファンが語るわけです。メーカーはその材料を提供するだけ。一方、日本の会社の中でストーリー・テリングができる会社がどれだけあるのかということですよね。
 唯一、例外的だと思うのはサントリー。商品を大切にしながら、それがどうして生まれたのか、長い間時間をかけてコツコツとやるのが非常に上手です。でもサントリーは非上場だからそれができる。上場していて、周りの株主から言われたら、趣味みたいなビジネスできないですよね。山梨にあるサントリーのワイナリーに行くと、あの会社が非上場である理由が分かります。あんなところにあんなブドウ畑を作って、短期指向の株主だったら絶対認めないよなと(笑)。
 ですから、プレミアムで成功している会社の大半は非上場です。ポルシェは上場していますが、普通株の100%をポルシェ家が持っています。何でヨーロッパからプレミアムが生まれてくるのか、それはこういう経営形態というものが非常に影響しているわけです。やっぱり時間をかけてじっくり作っていくということは欠かせないですよね。短期的な収益を求めてしまったら、これはやめろという話になるわけです。
その4に続く、全5回)

遠藤功(えんどう・いさお)
早稲田大学大学院商学研究科教授、株式会社ローランド・ベルガー会長
早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機株式会社、米系戦略コンサルティング会社を経て、現在に至る。
著書に『現場力を鍛える』『見える化』『ねばちっこい経営』(東洋経済新報社)などがある。
関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT