なぜ円安なのに、設備投資は増加しないのか アベノミクスは実体経済に影響を与えていない

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内部資金による投資でも、金利が影響する

次に、資金コストについて考えよう。この問題を考える際に、まず資金源について見ておこう。

法人企業統計によると、全産業(金融業、保険業を除く)の13年1~3月期の自己資本比率は38.3%となり、前年同期の36.2%より上昇した。この比率は00年頃には26%程度で、1980年代は16%程度だった。つまり、日本の企業は、借り入れに依存して投資を行う構造から、自己資本で行う構造に大きく変化しているわけだ。

ただし、内部留保だからといってコストゼロではない。ある種の機会費用があると考えるべきだ。これは、「自己資本要求利回り」と呼ばれる。それを考慮して資本コストを考えるべきだというのが、「加重平均資本コスト(WACC)」の考えだ。

自己資本要求利回りは、平均分散モデルを用いて算出される(詳しくは、拙著『金融危機のルール』〈東洋経済新報社、09年〉の第15章を参照)。これは、金利が上昇すれば上昇する。したがって、内部留保によって賄われるにしても、金利が投資決定に影響するのである。

前回述べたように、名目金利の上昇が物価上昇期待を受動的に反映しただけのものであれば、実質金利は変化していないので、設備投資を抑制するわけではない。ただし、前回の最後に述べたように、将来の物価が上昇しないと考える人にとっては、名目金利の上昇は実質金利の上昇を意味する。実質金利とは、現実に観測できる客観的な変数ではなく、仮想のものである。それは、名目金利と期待物価上昇率から計算されるものだ。だから、人によって違うということもあり得るのである。

なお、自己資本比率の変化は、金融機関の貸出が増えるかどうかと密接に関係している。この比率が上昇すれば、貸出は増えないだろう。だから、金融緩和によってマネタリーベースを増やしても、信用創造のメカニズムは働かず、マネタリーストックに影響は及ばないだろう。

規模別に見ると、大企業の自己資本比率が高い(13年1~3月期では、資本金1億円未満の企業が32.6%であるのに対し、資本金10億円以上の企業は42.2%)。つまり、現在金融機関からの借り入れに依存しているのは、中小企業が中心なのだ。

ところが、中小企業は円安の利益を受けていない(13年1~3月期の営業利益の対前年同期比は、資本金10億円以上の企業が23.2%増であるのに対して、資本金1億円未満の企業は13.9%の減)。だから、中小企業の投資は伸びないだろう。こうした事情を考えても、今後金融機関からの貸出が増える可能性は低いと考えられる。

週刊東洋経済2013年6月22日

野口 悠紀雄 一橋大学名誉教授

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のぐち ゆきお / Yukio Noguchi

1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社 )、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ』逆転勝ちの経済学(文春新書)など著書多数。

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