「駅ビル」の真実をどれだけ知っていますか

この蘊蓄100章は思わず人に話したくなる

1931年に開業した東武鉄道の「浅草雷門駅(現浅草駅)」に入居した松屋デパートが遠くに見える
モノ情報誌のパイオニア『モノ・マガジン』(ワールドフォトプレス社)と東洋経済オンラインのコラボ企画。ちょいと一杯に役立つアレコレソレ。「蘊蓄の箪笥」をお届けしよう。
蘊蓄の箪笥とはひとつのモノとコトのストーリーを100個の引き出しに斬った知識の宝庫。モノ・マガジンで長年続く人気連載だ。今回のテーマは「駅ビル」。あっという間に身に付く、これぞ究極の知的な暇つぶし。引き出しを覗いたキミはすっかり教養人だ。

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01. 「駅ビル」とは、鉄道駅の駅舎を大規模化し、百貨店や飲食店、商業施設など、駅以外の機能も併せた建物

02. 駅ビルは特に日本で発達し、テナントとして各種店舗や企業のオフィス、ホテルなどが入っていることが多い

03. 1907年、箕面有馬電気軌道として鉄道事業をスタートした小林一三は、経営安定のため沿線開発を進める

04. 住宅地の分譲、宝塚新温泉(現宝塚ファミリーランド)、宝塚唱歌隊(現宝塚歌劇団)など積極的に事業を展開

05. 小林は1918年に社名を「阪神急行電鉄」(阪急)に改めると路線の起点となる梅田駅の〈ビル化〉を計画する

06. その2年後の1920年、日本で初めての駅ビルとなる阪急電鉄・梅田駅「阪急本社ビルディング」が完成した

07. 駅に繋がる阪急本社ビルディングの1階には人気百貨店・白木屋が入居。2階には阪急直営の食堂がオープン

08. 3階以上を本社事務所として使用していたが、その後1925年にビルが改装され阪急マーケットが開業した

09. この阪急・小林の鉄道事業にとどまらないアイデアに刺激を受けた関西の私鉄各社は相次いで駅ビルを建設

10. 1926年、新京阪鉄道は天満橋駅に「新京阪ビル」を、大阪電気軌道は上本町停留所に「大軌ビル」を開業した

「鉄道」にあたるものは兼業を禁止されていた時代

11. 実は日本では1929年まで、地方鉄道法に基づく〈鉄道〉にあたるものは兼業を禁止されていた

モノ・マガジン11月16日号(2日発売)。特集は『小屋再び』などです。画像をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

12. しかし当時関西の私鉄各社は鉄道ではなく、軌道条例、軌道法に基づく〈軌道〉であったため規制されなかった

13. 関東地方における駅ビル第一号は、1931年に開業した東武鉄道の「浅草雷門駅(現浅草駅)」である

14. 建物はネオ・ルネサンス様式で、鉄道省の初代建築課長を務めた久野節が設立した久野建築事務所が設計

15. 初めての人でも道に迷うことがないように、建物入口からホームまでを一直線に結ぶ構造になっていた

16. 百貨店として設計された3~7階には「松屋」が入居したが、のちに1~2階も松屋が貸借し規模を拡大した

17. 私鉄の駅ビルが増す一方で、「日本国有鉄道(国鉄)」が駅ビル事業に着手するのは遅く、戦後になってから

18. 太平洋戦争の空襲で日本の主要都市では多くの駅舎が焼失したが、当時の国鉄は線路と車両の復興を最優先

19. 多くの駅が仮駅舎での不自由な営業を強いられていたが、復興予算のない国鉄は民間資金の導入を決める

20. 国鉄は駅舎内に商業施設を併設した「民衆駅」を企画すると、各地の有力者に駅舎再建の資金協力を仰いだ

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