五輪報道が万年「ウルトラ単純構図」の奇妙 なぜ誰もコーチや親への「恨み節」を語らない

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ニーチェは、こうしたキリスト教(とくにパウロ)の欺瞞性が腹立たしくてならなかった。人間には、闘いへの本性(権力への意志)が備わっているのに、それを無視して敵をも愛せよ、いかなる屈辱にも耐えよ、いつも闘いに負けている弱者に同情せよとは、何ごとかというわけでしょう。

もちろん、ニーチェはイエズス会はじめ布教という名のもとにおけるすさまじい殺戮も知っていたし、異端尋問の残虐さも知っていた。誰もが認めざるをえないように、本来ユダヤ教には筋金入りの攻撃性があるにもかかわらず、それを換骨奪胎したと称しているパウロが、同じ、いやそれ以上の攻撃性をうちに秘めながら、教義上は平和を振りかざす、その欺瞞性に耐えられなかったのでしょう。

そういえば、今回はじめてリオの象徴とも言える巨大なイエス像が、すさまじい数の原住民を殺戮したあとの、キリスト教布教の勝利宣言の塔なのだということがわかりました。勝てば、あとは支配を維持するだけですから、平和なのであり(ローマの平和ならず、バチカンの平和)、あの柔和なイエス像も、じつは全身血に塗れているのです。

ネット上には勝者に対する「怨念」があふれているのに

「競う」ことが大好きだという確認とともに、あらためて確信したのは、みんな(というのは大部分の普通の人)、英雄が、勝者が大好きだということです。ほんとうに、日本選手が勝つと嬉しそうなのであり、心から尊敬しているようなのです。日ごろ、自分はむき出しの闘いを制御しているような人々が、ここぞとばかり勝者を誉めたたえる。

「金メダルを取って、それがどうしたというの?」とクールに構える者が(これが「よい」と言いたいわけではないのですが)、表面上はいないような感じがするのも、恐ろしいことです。日ごろのネット上の勝者に対する怨念に満ちた書き込みを見ていると、確実に国民の数パーセントはいるはずですが。

とはいえ、私はこういうクールに構えている者、オリンピックなどどうでもいい者ではなく、人並みに観戦し、やはり日本選手がメダルを取ると嬉しく、VTRを何度も見直します。体操の着地など恐ろしくてテレビのスイッチを消してしまい、数秒後に恐る恐るまたスイッチを入れるくらいです。

しかしそれも、以前ほどではない。前回の東京オリンピックのときには18歳で大学受験の最中でしたが、開会式、小型飛行機によって五輪のマークが国立競技場の空高く描かれたのをテレビで見て、その後すぐに(そのころは武蔵小杉近くに住んでいたのですが)家の窓から首を出すと、北の方角の空に鮮やかに五輪マークが描かれていて感動しましたし、その後テレビで毎日観戦する中、大松監督率いる女子バレーのロシア相手の決勝戦で手に汗を握り、金メダル獲得の瞬間、跳び上がって喜んだことなどがなつかしく思い出されます。

東京オリンピックの前は、ローマオリンピック(1960年)でしたが、あの裸足のアベベが夕日を浴びてローマをひたすら走る光景に「いいなあ」と胸を焦がしたのは、中学2年生のとき。そして、その前のメルボルンオリンピック(1956年)のときにテレビはまだなく、ラジオで水泳の自由形1500メートルにおいて、地元のオーストラリアのローズやコンラッズを相手に競う山中毅選手を熱心に応援していました。

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