手取り13万円で耐え続けた29歳の過酷体験 「命より納期」、あまりにひどい労働の実態

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このとき、相談を受けた同ユニオン執行委員の佐賀正悟さんはヒロシさんの第一印象を「話をしていても表情がほとんどなくて、精神的にもつだろうかとたいへん心配しました」と振り返る。そのうえで、ヒロシさんの働かされ方からはこんな社会の風景が見えてくるという。

「中小零細企業ほどさまざまなしわ寄せが集中していて、ルールなしの無法地帯になっています。業種を問わず、大手企業であれば、十分ではないとはいえ有休も残業代もまったくないということはあまりありません。一方で、(中小企業の)経営者も法律の知識がないというよりは、“うちには人手もカネもない。できないものはできないんだから、仕方ない”と開き直っている節がある。結局、本当にしわ寄せを食っているのはそこで働く人たちだということです」

激務で体重が4~5キロ減った

再び、就活中のヒロシさんに話を戻す。

そでを通すのは、専門学校の時以来だというスーツはウエストや肩回りが少しだぶついて見える。ヒロシさんは「ちゃんと採寸して作ったはずなのに。この半年で体重が4~5キロは落ちたので」と苦笑いする。

30歳を目前にした就職活動は予想どおりに厳しい。5社ほど面接までこぎ着けたが、いい返事はもらえていない。それでも、料理をすることが好きなので、今度は飲食業界で働きたいと夢を語る。必要最低限の家具しかない自宅に、なぜか圧力鍋があったことを思い出し、合点がいった。

ヒロシさんのまじめさに付け込んだようにしか見えない元の会社について、「人間関係は決して悪くなかったんです。楽しいこともありました」とフォローするような、優しいところがある。社長が創業者の印刷会社は、役員も含めてワンマンな人たちが多かったが、罵倒されたり、暴力を振るわれたりしたわけではなかった。ただ、当たり前のように、残業代が払われず、有休はないと言われ、罰金を取られただけだ、という。

社会人になってから恋人ができたことは一度もないが、それを不満に思う余裕もなかった。気晴らしに旅行に行きたいと思ったことはあったが、時間も、おカネもなかった。今まで一度も海外には行ったことがないから、パスポートは持っていない。国内旅行も、考えてみると中学生と高校生のときに修学旅行で京都・奈良と東京に行ったきりだ。

どこか行ってみたいところはありますか? と尋ねると、少し考えてから、こう答えた。

「行ったことのないところなら、どこでも」

交換したメールアドレスに「dreams-come-true」というフレーズがあったことが、今も忘れられない。

本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

 

藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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