オーストラリア産の牛肉は安全と言えるのか ホルモン使用を巡るスタンスが米国とは違う

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ところが、なんということだろう、それでもECは禁輸措置を継続する決定をする。そして1999年には再度のリスク評価を実施し、ついに「肥育ホルモンにはいかなる残留基準値も設定しえない」、つまりほんのちょっとの残留でも人体に影響が出るのだ、という結論を(強引に)出してきた。これにより2005年にはあらためてWTOに紛争が付託される。

しかし、WTOも困ってしまったのだろう……、結論を示すことはしなかった。そして、物語は意外な結末を迎える。 なんと米国が折れたのである。

「肥育ホルモン使用の牛肉は輸入しなくてもいいから、使用していない肉は輸入してよ」

と交渉したのだろう。2009年、EUは成長促進ホルモンを使用しない牛肉については、年間2万トンの無税輸入枠を認めた。その一方で、ホルモン牛肉の輸入禁止措置を維持するという両者間の取り決めがなされたのである。

EUのうまい戦い方に学ぶことは多い

あの交渉上手な米国が、この肥育ホルモン使用の牛肉に関してはECに交渉負けしたというのは、なかなかに痛快である。とはいえもちろん、EC・EUはこの問題の途上で相応の報い(経済制裁)を受けているので、おおっぴらに勝ちといえるかどうかは微妙だ。

しかし、このホルモンビーフ問題は、多国間でどのように自国に有利な条件を引き出していくか、そして自国に合わないルールを突っぱねていくかということでは大いに参考になるケースであると思う。

WTOも成立当初から時代が変わってきており、環境問題や倫理的な問題に関しては、関税以外の貿易障壁として認められるようにもなってきている。たとえばエビを輸入する際に、ほかの魚種を混獲してしまうような底引き網漁法で獲ったものはダメ、貿易制限するよ、というようなものは認められたりする。本来、それはWTOの目的に反するはずなのだが、WTOもそうした倫理的問題には配慮するという流れになってきている。

だからだろうか、EUはアニマルウェルフェア(動物福祉)に非常にうるさい。たとえば鼻環をした牛肉は、動物に人道的でない処置をしたということで輸入禁止となるそうだ。実は日本のある和牛がEUに輸出されることになっていたのだが、鼻環をしていたことがわかり、出荷できなくなったということが実際に起こっている。

これなども、動物の非人道的な扱いを盾にした輸入障壁だと考えると、実に巧みなものである。しかし残念なことに、日本の畜産業の多くは、EUでは「非人道的」とされるケースが多い。それは米国も同じだ。

私としては、日本も米国の言いなりになるのではなく、きちんと突っぱねるところは突っぱねてほしい。特に、食べ物の話では一歩も譲ってほしくない。しかし、現状では自動車などを守るために、食べ物関連は譲りっぱなしのようにもみえる。

数年前、米韓FTAを締結したばかりの韓国に行くと、スーパーマーケットの精肉売場にはUSビーフが半分以上並んでいた。その後、韓国では口蹄疫が蔓延し、相当数の肉牛を殺処分したはずなので、今はもっとすごいことになっているだろう。ひるがえってTPPはもっと大きな自由貿易の枠組みなので、日本が被る影響は甚大だろう。

肥育ホルモンを使用した牛肉は安全性に関しても疑問が残り、そもそもおいしいとは思えない。そうしたものが日本の精肉売場に並び、また素性を明らかにしないうちに外食・中食で食べさせられるのは、どうにも気分がよくない。もし国産の牛肉が大好きなら、まだ潤沢に売場に並ぶ今、たっぷり食べておいたほうがいいかもしれない。日本では本当に多くの肉牛農家が辞めていっている。10年後に、国産の牛肉を食べたいと思ったとしても、今よりもっと高嶺の花になっている可能性があるのだから。

山本 謙治 農畜産物流通コンサルタント&農と食のジャーナリスト

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やまもと けんじ / Kenji Yamamoto

1971年、愛媛県生まれ埼玉県育ち。学生時代にキャンパス内に畑を開墾し野菜を生産。大学院修士課程卒業後、大手シンクタンクに就職し、畜産関連の調査・コンサルティングに従事。その後、花卉・青果物流通業を経て2004年に(株)グッドテーブルズ設立。農業・畜産分野での商品開発やマーケティングに従事する。その傍ら日本全国の佳い食を取材し、地域の郷土料理や特産物を一般に伝える活動をしている。ブログ「やまけんの出張食い倒れ日記」のほか、『激安食品の落とし穴』(KADOKAWA)、『日本の「食」は安すぎる』(講談社プラスα新書)など著書多数

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