「叱る文化」の職場が伸びないこれだけの理由 ANAの上司は優先事項をはっきりさせる

拡大
縮小

結局、この「異音」は飛行機の運航にはまったく支障のないものだったという場合もあります。それでも、報告を受けた機長は「よく報告をしてくれました。ありがとう」と、ねぎらいの言葉をかけます。そのときはたまたま問題がなかっただけで、別の機会では異音が本当に事故につながる兆候だった可能性もあります。

もし機長が「離陸直前に、余計なことをされた」といった態度で臨んだり、叱りつけたりしたら、そのCAはきっと次に同様の異常を感じても押し黙ってしまうでしょう。

「行うは難し」であることをANAの社員が実践できるのは、もうひとつ理由があります。経営トップでもある安全統括管理者が社員に対して「安全に疑義がある場合や自信がない状況で、飛行機を運航させることは、絶対に行ってはなりません。『安全を優先する』行動を行い、その結果『遅発』や『引き返し』が生じても会社はそれを容認し、関係者の下した判断を尊重します」ということを宣言し、これを何度も伝えているのです。

勇気ある報告には「よく言ってくれた」

『仕事も人間関係もうまくいく ANAの気づかい』書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

整備部門でもこのようなことがありました。前の日にエンジンの整備をした飛行機は、すでに多くのお客様を乗せて予定どおりの出発時刻に駐機場を出ました。

しかし、そのエンジンの整備を担当した整備士が「確かに、エンジンのあのボルトはちゃんと締めたはずだが、はっきりとは覚えていないので点検したい」と申し出たのです。飛行機はすでに駐機場を出て滑走路に向かっていましたが、直ちに引き返し、点検を受けることになりました。

結果、ボルトはちゃんと締まっていたことがわかりました。この点検のために飛行機の出発は遅れ、お客様に大変な迷惑をかけてしまいました。それでも当時の整備部門のトップはその整備士の行動に対し、「よく言ってくれた」と感謝し、褒めたのです。

お客様に約束した定時運航を果たすことはできませんでしたが、お客様が「当たり前」と思う「安全」に対する信頼を損なうことは防ぐことができたと考えたからです。

単に「安全第一」というスローガンを掲げているだけでは、社員は「安全」と「定時運航」を天秤にかけて迷ってしまいます。本来、「安全」はなにかほかのことと優先度や重大性を比べるものではないのです。絶対に守らなければならないことをトップが明確に宣言し、自ら実行して、社員の行動を後押しすることが、最優先事項を守らせるためには不可欠なのです。

ANAビジネスソリューション
えーえぬえーびじねすそりゅーしょん

ANAホールディングスの100%子会社。ANAグループのノウハウを活かし、主に「研修事業」「人材派遣事業」を行う。研修の内容は「接遇&ビジネスマナー」「ヒューマンエラー対策」「チームビルディング」「訪日外国人おもてなし」など。メーカー、小売り、サービス業、医療機関、自治体など、あらゆる業種、業態からの依頼を受け、企業・個人に向けた研修を行っている。社内で「青い血」と呼ぶDNAの継承を大切にしており、研修はすべて、 ANA社員として長年勤務してきた、あるいは現役で勤務する講師が務める。著書に『どんな問題も「チーム」で解決する ANAの口ぐせ』『仕事も人間関係もうまくいく ANAの気づかい』(ともにKADOKAWA)がある。
URLはこちら

 

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT