カープ新井が独白!「元職場」で生きる覚悟

2000本安打を達成した39歳の熱い思い

プロ初打席の時も緊張したが、その比ではなかった。もうすぐ40歳になろうというのに、打席に入って足が震えるような経験をするなんて、思いもしなかった。

古巣から「帰ってこい」と声がかかる

©広島東洋カープ
新井 貴浩(あらい たかひろ)/広島カープ選手。1977年、広島市生まれ。県立広島工業高校、駒澤大学卒業。1998年、広島東洋カープにドラフト6 位指名で入団。2005年には本塁打王を獲得し、ベストナイン(一塁手部門)に選出される。2008年、FAで阪神タイガースに移籍。同年、北京五輪日本代表に選ばれ全試合先発出場を果たす。2011年には、打点王を獲得。2008年から2013年にかけて日本プロ野球選手会会長を務め、2011年3 月の東日本大震災に際しては被災地支援、開幕の延期等に奔走、2012年には「侍ジャパン」のWBC参加を発表するなど球界発展のために尽力した。2015年、カープに復帰し、プロ通算2000試合出場を達成

2014年のシーズンが終わった頃、僕の気持ちはタイガースを退団することで、ほぼ固まっていた。キャンプから「競争だ」と言われ、開幕の時点ではその競争に勝ったはずなのに、僕に出番は回ってこなかった。

「ここでは競争はできない」

そう感じた僕は、それなら自由契約になって、もう1回、最後の勝負をしようと決めた。何よりも、もっと野球がしたい、もっと試合に出たいという気持ちが強かった。それでもし、どこも獲得してくれる球団がなかったら、その時は潔くユニフォームを脱ごう、と思った。ただ、移籍先については「カープだけはない」と思っていた。

話は8年前に遡る。2008年、僕はFA宣言をしてタイガースに移籍した。FAは選手の権利とはいえ、一度は自ら飛び出した球団に再び戻るなんて、特にファンは絶対に許してくれないはずだ。球団から声をかけられることもない、というのが普通の考えだ。だからカープに復帰するという話が出ているということは、本当に「まさか、まさか」の出来事だった。

それを聞いたのは、タイガースの南信男球団社長と話をした時だった。その時はまだ、他球団の関係者と話はしておらず、自分からコンタクトを取ることもなかった時期だった。

南社長と別れると、すぐにカープの鈴木清明球団本部長に電話を入れた。
「さっき南社長と話をして、カープが僕のことを気にかけてくれていると聞いたのですが、本当ですか?」

鈴木球団本部長はひと言、広島弁でこう答えた。

「そういうことじゃ。帰ってこい」

僕は本当にびっくりして、「ええっ!」と心の中で叫んでいた。驚いたと同時に、すごく嬉しい気持ちが最初にきた。一度出て行った選手に対して、そんなことを言ってもらえるとは思っていなかったので、本当に嬉しかった。

瞬間的に「帰りたい」と思ったが、ふと状況を客観視してみると、「お前は帰ってはダメだろう」ということが、すぐに頭に浮かんだ。一度出て行った人間が、どのツラを下げて帰って来るんだ。そこから自分の中で、強い葛藤が始まった。

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