不眠時代を生きる(その1)

病気などしていられない人へのお話

 

山崎光夫

 突然、携帯電話が床に転がった。
思いがけなく大きな音に電車内の乗客が一斉に音のほうに目をやった。
落とした女学生は眠っていたようで、あわててケータイを拾った--。
こういう光景は珍しくない。電車の座席に座って、ついうとうとするのはよくあることである。

ひと昔前と違うのは、落とすのがケータイではなく、大方は本だった。膝に置いて読んでいるうち、眠気に誘われ、コックリコックリ。そして、手から本が離れて床に落下。このパターンが多かった。
ケータイなしの生活は考えられない現代の象徴のように思えた出来事だった。

現代は不眠、寝不足時代とはよくいわれる。
テレビの深夜放送やコンビニの24時間営業が当たり前になった時代だから、寝不足や睡眠の狂いに拍車がかかるというものだ。

睡眠の乱れはやがて不眠症をひき起こす。
不眠症のタイプもいろいろあって、床に就いてもなかなか眠れない入眠障害、途中で目が覚める途中覚醒、全体に眠りが浅く感じる浅眠状態などに分けられる。

特に、高齢者には眠りに対する不満がくすぶっているようだ。不眠を訴えて病院へ行くと種々の不眠タイプに対し、西洋薬が処方される。これが良いことばかりではない。昼間まで朦朧(もうろう)としていたり、ふらついたり副作用が出がちである。
これらの副作用から、転倒、寝たきりへの最悪パターンとなるケースも珍しくない。

何とかならないかと思い、ベテランの漢方医にきいてみた。
すると、
「不眠症にも、ふらつきにも、対策はある」
という。

たとえば、比較的体力がある人には、
「大柴胡湯(だいさいことう)」
が処方される。
体力があまりない人には、
「柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)」
が適当という。
この2処方は隠れた老人の味方らしい。正しく診断し、処方量を間違えなければ、よく眠れ、ふらつきもなく、全身状態も改善されるという。

以前、深夜に居眠り運転の車の後ろについたことがある。低スピードで、左右にフラフラ走っている。まさに千鳥足運転である。
こんな車に付き合っていては危なくて仕方がない。追い抜くに限ると思い、抜こうとすると右側に寄り、抜かさないようにする。
片道1車線だったので、幅寄せされぶつけられてはたまらない。抜くに抜けない。結局、こっちが右折するまでの5キロほどはノロノロ運転でついて行くしかなかった。
その後、居眠り運転の車がどうなったかは知らない。新聞に事故の記事がなかったところをみると、無事だったのだろう。
安眠生活を祈るばかりである。

山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

 

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