忘れ物あれこれ(その2)

病気などしていられない人へのお話

 

山崎光夫

 昔から、外出時に、忘れ物がないかどうかを確認する言葉に、
「ハトが豆くってパッ!」
がある。
ハンカチ、時計、がまぐち、万年筆、名刺、くし、手帳、パス(定期券)をいう。
わたしは自分用に作ってみた。
「さて、かていめがけたいわ。(さて、家庭目がけたいわ。)」
である。
(財布、手帳、鍵、定期[スイカ、あるいはパスモ]、眼鏡[老眼鏡]、携帯電話、「わ」はハンカチ)
外出時に家庭を目がけるのは理屈に合わないかもしれない。
「一仕事終わって、家庭を目がける」
と解釈すれば筋は通るか……。
どうであれ、忘れ物がチェックできればOKである。

全国の医大や総合病院に設置されている専門外来に、「物忘れ外来」がある。超高齢化社会の到来で、最近では、小規模な医院にも設置されるようになった。時代を反映させた専門外来である。
物忘れがひどくなっている人に、それが単なる物忘れなのか、認知症の症状なのかを診断して、早期の治療に役立てようとするものである。
ある担当の医師によれば、
「患者がきちんと通院してくれないのが困りものです」
という。
症状が深刻になり来院できなくなるケースもあるという。さらに、患者自身、自分がどこの病院に罹っていたか忘れてしまうこともあるらしい。物忘れ外来らしいというか、この外来以外あまり考えられない実態であろう。
「いや、医者もとんでもない物を忘れる例があるのであまり大きなことはいえません」
と神妙に口にするのは、あるベテラン外科医。
「手術で鍼子やガーゼ、メスなどを患者さんのお腹に置き忘れる事故が今でも見うけられます」
ガーゼ忘れがあまりに多いので、ガーゼに金属線を編みこんだタイプが使用されている。最後に、レントゲンをかければ置き忘れをチェックできるという訳だ。だが、それでも事故はゼロではない。

コンビニのコピー機は忘れ物の“宝庫”だという。書類やノート、保険証、運転免許証など、現物ばかりか、コピーした紙まで忘れて行く客がいるという。戸籍謄本、土地権利書、納税証明書、結婚届、離婚届などなど、人は何でもコピーしている。
預金通帳をコピーしてそれを忘れて行く客もいる。
「信じられない桁数の残高を見て驚いたものです。つくづく、人は見かけによらないと思い知らされました」
コンビニ店長のため息である。

しかし、何といっても、コンビニや医院に多い忘れ物の1番は傘。安物のビニール傘が増えたせいか、まず取りにこない。
本も多いが、これも積極的には取りに来ないという。
本については、わたしには意外に思えた。もしその本がわたしの著書だったらと思うとじつに悲しい。何としても取りに戻ってほしいものだ。

山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

 

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