才能があっても、怠け者に傑作はつくれない ビートルズは何がスゴかったのか

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マダム・タッソー館に飾られた4人の像。彼らは練習の鬼だった(写真:Photononstop/アフロ)
人生は一度きりしかない。「お仕着せではないクリエイティブな生き方をしたい!」という願望を持っているビジネスパーソンは多いのではないだろうか。そんな人々を勇気づけて背中を押してくれるのが、先人たちの偉業をまとめた書籍。『「クリエイティブ」の処方箋』(ロッド・ジャドキンス著、島内哲朗訳、フィルムアート社)には、クリエイティブに生きるための発想が、86本の短めの読み物として紹介されている。
東洋経済オンラインでは、86のアイデアのうちのいくつかを紹介していく。第4回は「身も心も捧げることの大切さ」。

 

その瞬間、私の体は凍りついた。何が起きているのか理解不能。7歳の私は叔母のジャケットにしがみつき、声を張り上げて泣き叫びながら突進してくる若い女性の大群に呑みこまれてしまう恐怖に怯えていた。

中世の戦場のような騒乱

耳をつんざく騒音。あの集団ヒステリーを言葉で説明するのは不可能だ。少女たちの中には気を失って倒れる者もいた。救急隊員が、不自然に体を捻ってぐったりとしている少女たちを抱えて走り去って行った。中世の戦場のような騒乱。何千という群衆に押し潰されんばかりだった。少女たちの顔は苦痛に歪み、目には涙が溢れていた。

そしてビートルズが飛行機から降り立った。現場はさらに狂乱した。1964年、ヒースロー空港に勤務していた叔母は、アメリカから凱旋してきたファブ・フォーを見に、私を連れて来てくれたのだった。

ビートルズが「エド・サリバン・ショー」で演奏した日。それはアメリカ
のポップカルチャーを変える大事件だった。7300万という記録破りの視聴者が、ビートルズに魅了された。

アメリカでの一件によって、一夜にして成功を収めたかに見えたビートルズだが、ジョン・レノンとポール・マッカートニーは1957年から一緒に演奏し続けていた。ハンブルグのクラブを回りながら、1日8時間、週7日という過酷なスケジュールに耐えた。

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