日本人が知らないアメリカ起業哲学の源流 アイン・ランドは何を説いたのか

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ランドの本に出てくる英雄たちは現実離れしているし、実際にダグニーみたいな人物に巡り合うこともないが、ランドの思想は現実離れしてはいない、とラペールは言う。

「ものの考え方はその気があれば自分のものにすることができる。人がああいった考え方に触れると、私がそうだったように刺激を受ける。とくに何かをやり遂げることと、それに誇りを持つことについて深く考えるようになる。加えて目的や理性や独立した思考について、日々の仕事の中で意識し続けるようになる。もっと多くの人たちがその考え方を共有するようになれば、それぞれが考え、挑戦する文化が生まれる。私にとっては、そこにはひとりの天才を生み出すよりも大きな効果がある」

イントロラックスの企業理念に書かれていること

肩をすくめるアトラス』(脇坂あゆみ訳)(上の書影をクリックするとアマゾンのサイトのジャンプします)

ちなみにイントロラックスのホームページで企業理念をみると、利益は出資者と従業員の互いの努力の成果、生産性は顧客へのより高い価値の提供とコスト削減と定義され、アイデアとチームワークによって高められると書かれている。

また、報酬については業績に従うもので、「働きに相当する以上を求めたり、それ以下を受け入れたりすることを要求されることはない。全員の努力によって得られた恩恵はひとりひとりに分配されるが、各人が受け取るのはその貢献度に応じた分のみ」と会社の公式な理念としてはかなりアブノーマルな文言が記されている。

『肩をすくめるアトラス』の主人公の有名なラジオ演説のなかの台詞を、ほとんどそのまま使っているのである。

サンフランシスコで小規模オフィス向けの業務用ソフトを提供するフィールドブック創業者のジェイソン・クロフォードによると、アイン・ランドの思想とシリコンバレーの規範には共鳴する部分が多い。どちらも、あるビジョンに動かされ、商品のかたちにして市場に売り出す「メイカー」を理想とする。また、シリコンバレーの事業や投資で成功を収めるには、ペイパルの創業者でリバタリアンのピーター・ティールやリンクトインのリード・ホフマンが言うように、コンセンサスに反して自分だけが正しいと考えることを追求する必要がある。そうでなければ画期的な商品など生み出せず、競合がひしめく市場で疲弊するだけだ。

何より、アイン・ランドの英雄たちは仕事師たちの集団だが明るく、スケールが大きい。クロフォードは『肩をすくめるアトラス』の楽観主義と壮大な世界観に共鳴し、ランドの哲学に惹きつけられたという。ジョン・ゴールトの言葉を借りれば、「夢にみた世界は勝ち取ることができ、それは存在し、本物であり、実現可能であり、あなたのもの」なのだ。

1/19(火) 19:00 – 21:00ヤロン・ブルック 米国アインランド協会エグゼクティブディレクター講演会「アイン・ランドとアメリカの起業家精神」を六本木アカデミーヒルズにて開催予定。ご参加のお申込み、お問い合わせはこちら

 

脇坂 あゆみ 翻訳家

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わきざか あゆみ / Ayumi Wakizaka

訳書にアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』(アトランティス社)、『われら生きるもの』(ビジネス社)。イタリア映画「Noi Vivi」の字幕翻訳も。ランドの作品を翻訳するかたわら、アメリカのリバタリアン思想や政治文化の動向をウォッチし続けている。ジョージタウン大学外交大学院修士課程修了。米国公認会計士。

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