もともとアメリカの新聞記者だったラフカディオ・ハーンは1890年に来日し、島根の松江で英語教師の職に就いたところ、日本の伝統文化にすっかり魅了されてしまいます。
着物を着て正座し、煙管を手に蛙や虫の声まで愛でるようになり、やがて地元の女性セツと結婚。日本に帰化して「小泉八雲」と名乗ります。その数奇な夫婦の物語は、2025年のNHK 朝ドラ『ばけばけ』でも大変話題になりました。
八雲が愛した日本文化のなかでも特に「怪談」への愛が強い印象ですが、猫のことも、こよなく愛したようです。随筆『骨董』内の「病理学上のこと」では「私は大変な猫好きである」と書き、こう続けています。
「私が洋の東西を問わず、さまざまな時期に、さまざまな気候風土の下で飼っていた猫たちのことを書いたとしたなら、おそらく大部の書物になることだろう」
この一文を書いている間も、椅子のそばでは三毛猫のタマが寝そべって鳴いていたとか。八雲の猫にまつわる物語、ぜひ読んでみたかったものです。
ある夕方、八雲の妻セツが湖畔を歩いていると、水の中に子猫を沈めていじめる子どもたちと遭遇。セツはその猫を救い、家へ連れ帰ったところ、事情を聞いた八雲は「おお可哀相の子猫、むごい子どもですね」と言いながら、びっしょり濡れてぶるぶるふるえている猫を、そのまま自分の懐に入れて温めたとか。大きな体の八雲が小さな子猫を抱く姿は、なかなか迫力のある絵になったのでは……。
その優しい振る舞いに、セツは「大層感心いたしました」と振り返っています。子猫もさぞかし安心したことでしょう。
中国・四国地方にわたる広い地域に伝わる民話『絵猫と鼠』を、八雲は『猫を描いた少年』として出版。その「猫愛」は、作品にも生かされたようです。
人間の歴史の傍らに、いつも猫がいた
『猫のためなら道をゆずる 猫が好きすぎてヤバい偉人たち』から、4人の偉人をピックアップしました。
考えてみれば、猫は人間の歴史の傍らに、いつもいました。王の寝所にも、文豪の書斎にも、革命家の隠れ家にも、ロックスターのツアーバスにも。猫は何も語らず、何も記録せず、ただそこにいました。
偉人たちにとって、猫はどんな存在だったのでしょうか。彼らが猫について語った言葉をたどると、時代も立場も異なる人々の、意外な素顔が見えてきます。
歴史を動かした人物たちも、猫の前ではひとりの人間。そんな「猫愛」に触れながら、偉人たちの意外な素顔をお楽しみください。



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