前身のFC東京バレーボールチーム(以下、FC東京)時代からチームに所属する古賀太一郎さんは、その変化をこう話す。
「昔は暗転もしていなかったですし、上手な人がただバレーボールをしている、という会場でした。現在は、試合のレベルも昔よりは少しは上がったかもしれませんが、それより大きく変わったのは、体育館に入ってから出るまでの時間すべてが楽しめるものになったことです」
日本のバレーボールは長く、企業が福利厚生や広報の一環として抱える「実業団」が中心だった。運営費は親会社が負担し、客席は社員や関係者の動員が支える。一般の人がチケットを買って足を運ぶ「興行」としての仕組みは育ちにくかった。FC東京時代の来場者数は、1試合1000人ほどだったという。
それが昨シーズンは、ホームゲーム1試合あたり平均約5700人。今や、平日のナイトゲームにも多くの人が押しかけ、他チームのホームゲームと比較しても圧倒的な声援の大きさを誇る。だが、わずか4年前まで、チームは消滅の危機に瀕していた。
アキレス腱断裂の病室で聞いた「廃部」
2021年12月、FC東京はバレーボール部の活動休止を発表した。2021-22シーズン限りでの撤退。事実上の廃部だった。古賀さんはその知らせを病室で聞いた。発表の2日前に、アキレス腱を断裂していたのだ。
「バレーをできる状況ではなかったので、どこか冷静に『FC東京という歴史あるチームがなくなってしまうんだ』と受け止めていました。ただ、現場で戦っていたチームメイトには、バレーを続ける環境がなくなる悲壮感や、この先どうすればいいのかわからない不安がありました」
家族のいる選手、まだ若手の選手、試合に出ている選手、出ていない選手。置かれた状況はそれぞれ違った。古賀さんは、誰がどんな思いや不安を抱えているのかを共有するメッセージグループを設けた。シーズン終了まで、まだ5カ月残っていた。


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