ただしそれは、聴いて初めてわかるものだ。あまり親しみがない状態で、お目当てのアーティストより優遇されているパフォーマンスを見ると、ネガティブな印象からのスタートになる。決して安くない1万8000円のチケットを買い、お目当てのK-POPグループを見に来た客からすれば、最後に檻の中から顔の見えない歌手が現れ、「おどるポンポコリン」を歌って公演が終わった、という体験になってしまう。
そして、そこまで特別ルールを認められているからこそ、「オレ様スタイルを貫くワガママアーティストだ」と勘違いされてもおかしくない。つまり今回の炎上は、第一印象の見せ方を誤ったことが原因に思える。
ここで重要となるのは、「他流試合で、いかに存在感を示すのか」という視点だ。流儀を越えて真剣勝負し、相手方に有無を言わさぬ戦果を残せば別であるが、そうはならなかった。だからこそブーイングが出たのだ。
素顔を出すか、隠し通すか
そもそも「よくわからない存在」に対しては、ミステリアスで魅力的だと感じる人もいれば、不気味だと嫌う人もいる。後者に対していかにアプローチするか。それとも距離を置くのか。さじ加減が重要だ。
とは言っても、一気に素顔を公開するのも、それはそれで課題がある。これまで声からイメージしてきた姿が、強制的に「答え合わせ」されてしまえば、既存のファンも離れかねない。
一方で、隠し続けるのにも限界がある。今回のように、あらゆるアーティストのファンが集う場に参加するたび、予期せぬ炎上を招くからだ。どこかで折り合いを付ける必要がある。
ならば、どんな方向性が最適解なのだろう。例えば、より人格をにじませて、そこから「実際の容姿と近いイメージ」を共通認識として形成してもらう。プラスの意味で「想像通りの人だ」と感じさせれば、こっちのものだ。
実はAdoさん自身、その方向へと一歩踏み出している。自身の半生を描いた書籍をもとにした「ビバリウム」のMVでは、初めて本人が実写で登場した。ただし顔を正面から映すことはなく、影や一瞬の姿にとどめている。「素顔は見せないが、人となりは伝える」という折り合いの付け方だ。
いずれにせよ、重要なのは「興味のない人に、いかに理解してもらうか」だろう。
エンタメ界のどメジャーを進む限り、その“配慮”は避けて通れない。


※ログイン後、コメント入力が可能です。