従来、視聴者によるドラマ考察は、さまざまな伏線を読み解き、ストーリーの展開を予想して「正解」を導き出すものだった。昔から刑事ドラマやサスペンスものなどではそういう鑑賞のしかたはあった。だが近年は、推理ものなどに限らず、多くのドラマで高度かつ緻密な伏線が張り巡らされるようになっている。
『VIVANT』も同じ流れのなかでヒットした作品だ。謎が謎を呼び、誰が敵で誰が味方かがどんどん反転し、簡単には読めない。そのなかで『悪役会議室』が新しいのは、「正解」を出すことよりも考察のプロセスを楽しもうというコンテンツになっていることだ。ああでもないこうでもないと語り合いながら、そのやり取り自体を楽しむ。先述の市川猿弥のほとんど悪ノリのような考察もそれはそれで歓迎される。
『悪役会議室』は、考察ブームに巧みな一石を投じたものと言っていいだろう。出演者も「正解」はわからない。だがだからこそ、誰もが考察をやめられない。この番組の企画自体が、考察ブームへの“考察”の成果と言っていい。
『VIVANT』は“悪役が主役のドラマ”
そんな卓抜な企画が成立したのは、『VIVANT』が実は“悪役が主役のドラマ”でもあるからだろう。
諜報組織が物語の舞台の中心ということもあるが、これだけさまざまなタイプの悪役が次から次へと登場するドラマも珍しい。素性も諜報組織や国際テロ組織のメンバーだけでなく、政治家、実業家、そして警察関係者など多種多様だ。
主役でヒーロー的な立ち位置ではあるが、本質的には別班の諜報員である乃木にも悪役要素がある。拷問シーンなどに現れる乃木の別人格の「F」などは、乃木の無慈悲で冷徹な部分を具現化した存在と見て取れる。
もしかすると、そのうち堺雅人が「F」として、あるいは第16話に登場した際、堺の一人三役が判明して視聴者を驚かせたリュウ・ミンシュエンとして、『悪役会議室』に出演する日も遠くないかもしれない。


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