「浪人中は、さすがに勉強しましたね」
予備校が開いてから閉まるまで勉強し、往復のバスの中でも英語のリスニングをする。自分に許した娯楽は、予備校帰りのゲームセンターでの『クイズマジックアカデミー』1プレーと、週に30分、アニメ『日常』を見ることだけ。
それ以外のほとんどの時間を勉強に充て、2012年、東京大学理科一類に合格した。ちなみに浪人時も、出願したのは東大だけだったという。相当な覚悟の決まり方である。
東大で初めて壁にぶつかる→“お笑い”が逃げ道に
上京したFANさんは、ニッチなお笑いの話ができる仲間を求め、東京大学落語研究会の門を叩いた。
もともと裏方だけのつもりだったが、「せっかくなら」と、入学直後の五月祭で同期とコントを披露することになった。
人生初舞台は、まったくウケないまま終わった。
しかし、その苦い結果をFANさんは「まあ、初めてならそんなもんだろう」と妙に前向きに受け入れていた。
そして2回目の学内ライブで初めて、目の前のお客さんが自分たちのネタで笑ってくれた。ネットに投稿するだけでは味わえなかった感覚に、自然とのめり込んでいった。
ところが、学業では大きくつまずく。
3年次の進学振り分けで進んだ先は、課題が多く、徹夜や泊まり込みも珍しくないハードな学科だった。
「生命活動を削ってまで、この勉強をやりたいのか」
精神的にも肉体的にも限界を迎え、彼は進学振り分けを「辞退」して留年する。
非常に珍しいことだが、翌年に選んだ進学先も肌に合わず、結果的に3度の進学振り分けを経験することになる(最終的には農学部の環境資源科学課程にたどり着いた)。
「こんなんで卒業できるんだろうか」「自分は何をしているんだろう」
塞ぎ込み、メンタルクリニックにも通った。進振り辞退の書類を提出した日、両親に泣きながら電話したときのことを、今でも鮮明に覚えているという。


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