まさに神童と呼ぶにふさわしい成績である。だが、彼自身の小学校時代の思い出は、そんなことよりも『爆笑オンエアバトル』で埋め尽くされていた。
中学生になったFANさんは、インターネット上のお笑い好きが集まる掲示板に入り浸っていた。
そこでは大勢の匿名の人たちが、漫才やコントのネタをテキストで投稿していた。FANさんも自然と、自分でネタを書いて投稿するようになる。
アニメや漫画も好きだったため、学校では「オタク」的な友人たちの輪に入っていた。しかし、その友人たちの誰も、FANさんがお笑いのネタを書いていることは知らなかった。秘密の趣味だった。
FANさんが惹かれたのは、お笑いの「自由さ」だった。
ボケて、ツッコむ、という典型的な漫才だけではない。コントも、モノマネも、大喜利も、「人を笑わせる」という共通のゴールにさまざまなアプローチで挑んでいる。少年は創意工夫を凝らしながら、画面の向こう側にいる誰かを笑わせようとパソコンに向かった。
ただ、この頃は「自分が舞台に立って演じる」ことなど、まったく想定していなかったという。
出願したのは「東大だけ」
高2になると、周囲は一気に大学受験モードに入った。
これといって将来の夢や学びたい学問があるわけでもなかったFANさんは、入学後に専門を選べる進学振り分け制度のある東京大学を受験することに決めた。
中学受験の頃には苦にならなかった勉強も、大学受験となるとさすがにしんどかった。
現役時代の判定はC判定前後。それでも、併願校の対策をするくらいなら、その時間も東大の勉強に充てようと、東大のみに出願した。不合格になると後期試験も受けず、浪人を決めた。


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