私が親にものを買って欲しいと一度もねだったことがなかったのも、そのせいかもしれない。親にしてみれば子どもに甘えられたり、ねだられたりしたら、気持ちが動くものかもしれないが、それを一切、しなかったので、可愛げのない子どもだっただろう。父親には何度も、
「可愛げがない」
といわれていたが、それでも腹が立つわけでも悲しくなるわけでもなかった。そういわれても黙っていたが、腹の中では、
(別にあなたにそういわれても、何とも思わないけれど)
と無視していた。
母親は御飯を作ってくれたり、服を縫ってくれたり、私たちと父親の間に入って、心を砕いているのがよくわかったので、父親よりも懐いてはいたが、彼の悪口を延々と聞かされるのは、小学生の身としては面倒くさいものがあった。低学年のときは、夫婦間の詳細がわからないので、ただふんふんと聞いているだけだったが、小学生でも成長すればそれなりに理解できることもある。
母親は他に愚痴をいう人がいないので、私が唯一の捌(は)け口だったのだろうが、あまりに連日飽きずに、いい続けるので、腹の中では、
(でもそんな男と結婚するって決めたのは、あんただよね)
といいたくなった。たしかに奴は悪い人間なのはわかるが、それを選んだのもあなたなのではといいたかったが、面倒くさいことになりそうなので黙っていた。
父親の絵の才能だけは認めていた
それでも彼女は、
「絵の才能はあるのに。もう少し社交的だったら、まともな生活ができるのに」
と父親の絵の才能だけは認めていた。それは私も同じ気持ちだった。毎年、父親が年賀状のデザインをするのだが、それを受け取った友だちはみんな、「年賀状がかっこいい」と褒めてくれた。そのときは多少はうれしかったけれど、自分の父親だとは思っていないので、「ああ、そう」といっただけだった。しかしそれを彼に話すと、めちゃくちゃ喜んでいた。


※ログイン後、コメント入力が可能です。