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巨大廃墟と共にダム湖に沈んだ《60数戸の集落》…「所長は月収130円で"超高所得"」発電所景気に沸いた幻の集落の実態

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曽木発電所
レンガ造りの曽木発電所と共に、ダム湖に沈んだ“幻の集落”がある。発電所景気に沸いた集落の実態を追う(写真:筆者撮影)
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下ノ木場集落の民家地図(写真:伊佐市『冒険の書』看板より)

当時、発電所の隣には会社の社宅や倉庫、事務所が設けられていた。社宅が13戸あったとの証言が残っている。ここで働くために全国からやってきた技術者や社員たちが暮らしたのだろう。そこから少し進んだところに発電所建設前からこのエリアで暮らしてきた人たちの民家や商店がある。

社宅(写真:伊佐市)
下ノ木場集落(写真:伊佐市)

下ノ木場は、発電所ができる前からあった集落だ。「木場」の地名のとおり、古くは藩の年貢米を集めてしまっておくための大きな倉庫(藩倉)があり、ここから年貢米を船で運んでいた。藩倉の役人や船頭、商売人でにぎわった歴史がある。

藩倉ができた際に、船に乗って米を運ぶ船頭が地元にいなかったため、球磨川の優秀な船頭がこちらに来て落ち着いた家も5~6軒あったという。

現在も夏になって水位が下がると、船着き場の石積み跡が現れる(写真:伊佐市)

発電所が建てられたことで活気を取り戻した

その後、廃藩置県の2年後には藩倉がなくなり、人や物の流れが減り、集落は衰退していった。しかし、その後今度は発電所が建つことになったのだ。

下ノ木場集落のあった場所。この場所も秋から冬くらいになると水位が上がってダム湖に沈む(写真:筆者撮影)
やぶの中に社宅の基礎の跡が残っていると聞いたが、筆者は見つけられなかった(写真:筆者撮影)

下ノ木場集落は川沿いの奥地にあり、陸路でたどり着くにはおそらくかなりアクセス困難だったはずだ。

その山奥に、全国から技術者や作業員が集まり、発電所が建てられ、下ノ木場集落は再び活況を見せた。発電所の電力で集落にも電気がいち早く届き、それは当時のこのあたりの地域で一番だったそうだ。

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