NPO法人バイオマスワークあったらし会でも、毎年11月に遊覧船を運行して湖上から曽木発電所に近づくツアーを行っている。
なぜ湖底の廃墟は残ったのか?
かつて「日本一」の発電量を誇り、歴史に大きな影響を与えた遺構であったとしても、建物の姿が跡形もなければ再注目されることはなかったのかもしれない。
遺構が1999年の本格保存まで34年もの間、水没を繰り返しながらもなお当時の面影を残していたのは「赤レンガ」の洋風建築だったことが大きい。
発電所周辺の民家や社宅は、解体や撤去をされずそのままダム湖に沈んだが、それらは社宅の基礎を除いてほとんど跡形も残っていない。しかし、発電所だけは残った。
レンガというものは、時代を越えて長く残る「時代の証人」なのだろう。
とはいえ、一年のうち何カ月も水中に沈む遺構であるため、「保存」するのは大きな苦労が伴う。
2021年7月の記録的な豪雨の影響で、遺構の機械室部分は倒壊。レンガ壁の一部も崩れてしまった。
その後、崩れてしまったレンガを集めて、現在は復旧作業が行われている。
その作業は最先端の技術が使われている。回収したレンガを3Dデータ化し、倒壊前のデータと照合することで、「壁のどこにあったレンガなのか」を割り出しているのだ。
明治時代、当時最先端だった発電技術のためにつくられた建物であり一度は水没してそのままになっていたものを、100年以上後の最先端技術を使って復元する。そう考えると、なんとも不思議な光景である。
土木史研究講演集,vol.28,2008年,『100年前の煉瓦を再利用した旧曽木発電所遺構保存工事』.
平成14年9月8日開催『産業遺産deツーリズムat曽木の滝』議事録資料.
大口市郷土誌下巻.
大口の歴史語る湖の主,南日本新聞,2005年5月18日,朝刊.
高城重厚氏,故郷へ還る,技術士,2006年11月.
川との巡り愛,出木場洋,『ダム日本』,令和2年3月10日,
続く記事では、この曽木発電所遺構と共に沈んだ「幻の集落」について追う。


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