「中国人旅行客が半減」「日本人アーティストのコンサート、“不可抗力”で禁止」など、2025年11月に出た高市早苗首相の台湾有事答弁をきっかけとした“対日制裁”が今も続いている。中国の“怒り”はどの程度の影響があるのか。どれぐらい長く続くのか。実は学術論文では「中国の怒りのマグニチュードと持続期間」が実証的に検証されている――。
研究水準が高い“ヤバい”おもしろ論文がいっぱい
タカグチ:連載「中国の特色あるヤバい経済学」の第1回です。最初にざっくり、どういう連載なのかを話しておきたいと思います。3年ぐらい前にイトウさんが「おもろい論文を紹介する連載やりたいわ~」といきなり言い出したのですよね。
イトウ:そうそう。中国経済の教科書を書くために論文を集めていると、「面白いけど、教科書に載せるにはマニアックすぎる」論文が実はいっぱいありまして。ノーベル賞というよりは、イグノーベル賞的な。でも、マニアックと言っても研究の質が低いわけじゃないのです。
いわゆる教科書的な、改革開放とは?国有企業改革とは?出稼ぎ農民はいま……?みたいなトピックじゃないだけです。中国の現状と課題を知るためには良い切り口の研究や論文がたくさんあり、そのメモがたまってきたので、出しどころを探していた――。それが、「連載やりたいわ~」と言い出したきっかけです。
「中国人民の感情を傷つけた」代価はおいくら?
タカグチ:それで、記念すべき第1回はいわゆる「ダライ・ラマ効果」について取り上げましょうか。各国の首脳がチベット亡命政府のリーダーであるダライ・ラマ14世と会見して中国政府を怒らせると、どれぐらい経済に影響が出るかというお話です。今、まさに中国の怒りのターゲットになっている日本としては気になるお話ですね。今回の解説の後半では今の日本に対する制裁についてもこれまでの研究の成果と比較しながら考えてみたいと思います。
イトウ:今回は論文3本をまとめて紹介します。1本目は2013年の「訪問の代価:国際貿易におけるダライ・ラマ効果」。中国研究の業界では有名な論文です。
ダライ・ラマがとある国の政府関係者に会うと、中国外交部は怒りを表明するのですが、いわゆる重力モデルを使って、貿易にどれだけ影響が出たかをデータで分析したものです。1991年から2008年にかけて、ダライ・ラマと政府関係者が対面した国を含む159カ国のデータを分析しています。
イトウ:分析結果、強い負の効果が出ています。つまり、ダライ・ラマに会うと、対中輸出額が減ります。
1:胡錦濤時代(2002~12年、ただし論文がカバーするデータは2008年まで)に限り、閣僚などハイレベルの政府関係者がダライ・ラマと会うと、対中輸出額が平均12.5%減少する。国家元首や政府トップが会うと、16.9%減少する。
タカグチ:中国は経済を外交ツールにしている……というのは、「わざわざ分析しなくても知っているよ」と思う人も多そうですが、きっちり計量分析すると意外な発見がありますね。
まず時期。1949年の中華人民共和国政府成立以後、中国はことあるごとに外国に対して怒りを表明してきました。「中国人民の感情を傷つけた」という定番フレーズの出現回数を調べた研究もあります。
ただ、その怒りが実効性を持ち始めたのは21世紀に入ってからというのは意外です。2001年の世界貿易機関(WTO)加盟後の経済力向上、「核心的利益」擁護を前面に打ち出した胡錦濤政権の方針などの影響が示唆されています。
ここで、めちゃくちゃおもろいのが怒りの効果は翌年で打ち切り。2年後には消えてしまうということですね。「怒った中国人民が政府とは無関係に抗議しています!!」という立て付けで、“制裁”は制度化されていない。だから、ほとぼりが冷めたら自然と元の関係に戻っていくという(笑)。
激しくケンカしていても、しばらくするとけろっとしている中国人そのまんまの姿に見えます。一度衝突したらねちねち恨みを抱き続ける日本人の陰湿さとは真逆です。
イトウ:さらに、19年に「企業は政治的緊張にどう対応するのか? 貿易における『ダライ・ラマ効果』の異質性」という、続編的な論文があります。

