中国政治を読む者の間では「政治の季節」が始まったとの認識が広がる。慣例に従えば2027年に第21回党大会が開かれる。軍指導部の更迭や側近の要職起用などの人事は、大会後の指導部を視野に入れて読み解かれる。
そもそも権威主義体制の統治は、政治の予見可能性に本質的な弱さを抱える。平時にはこの不透明さは強い指導力として映るが、権力継承の局面では政治リスクとして先鋭化する。その不透明さは体制が抱えるリスクの集約点である。
権力継承でなく、党への忠誠を引き継がせる
この観点から、7月1日の習近平による建党105周年演説を読む。演説は次の指導者を名指しする場ではない。しかし、歴代の演説は、権力継承の制度や、接班人(後継者)に求める理念を語ってきた。今年の特徴は沈黙にある。後継者にも世代交代にも踏み込まない。青年に「歴史のリレーを走れ」と呼びかけるが、それは権力継承ではなく、党への忠誠と民族復興の使命を引き継がせる動員だ。
この沈黙は、過去の演説と比べると際立つ。1981年、胡耀邦は若い接班人の育成を老幹部の歴史的責任とし、怠れば「許されない歴史的誤り」だと述べた。天安門事件から2年、東欧諸国の社会主義政権が崩壊する中、91年の江沢民演説は、「1100万の社会主義事業の接班人」の育成が緊迫した課題と語った。体制の危機下でなお、党は継承を語った。
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