文春報道によれば、プロデューサーは「懸念を佐藤さんに伝えるべきか」を橋本さんの事務所に確認し、事務所は判断を委ねた。プロデューサーはそれを佐藤さんのマネジャーに伝えたが、「演技に制約を付けたくなかった」ことから、佐藤さん本人には伝えなかったという。
つまり橋本さん、橋本さんの事務所、プロデューサー、佐藤さんのマネジャー、そして佐藤さん──5者が介在する“伝言ゲーム”の途中で、肝心の懸念は当事者に届かないまま止まっていた。発端は当事者間の問題でも、間に入る人々の判断次第で、軟着陸の余地はあったのではないか。(なお、文春報道後にフジが佐藤さんを映画『踊る大捜査線 N.E.W.』の関連ドラマから降板させた対応にも、そのタイミングをめぐって疑問の声が上がっている。)
“誰が第一報を打ったか”が信頼を揺らす
そしてもう一つ、この騒動には「情報が“誰の手で”世に出たか」という最終段の問題がある。告発報道の受け止められ方は、「何が報じられたか」だけでは決まらない。「誰が最初にそれを報じたか」が、内容と同じか、それ以上に効いてくる。
読者は記事を読むとき、書かれた事実だけを見ているようで、無意識のうちに“出どころ”を勘定に入れている。媒体と登場人物の距離、報じ手の立場、そこに透ける利害。それらが「この情報はどこまで額面どおり受け取れるか」という感覚を左右する。

