そして2015年10月、中国広東省・深圳との境界を越えた直後、中国公安当局に拘束される。目隠しをされたまま連行され、隔離された状態で、「禁書」を中国国内へ販売したとして数カ月にわたり取り調べを受けた。その後は浙江省寧波や広東省韶関の図書館などの施設で監視下に置かれていたという。
そもそも林さんが1994年に自ら書店を開いた背景には、香港が「一国二制度」の下で保障されていた自由な言論環境を生かし、人々が自由に知識を得て、権力を批判的に見つめる場をつくりたいという強い信念があった。
当時、中国国内では厳しい言論統制が敷かれ、共産党政権にとって不都合な歴史的事実や、指導部の権力闘争に関する書籍を出版することは極めて困難だった。
中国の人にも届けた「真実の記述」
林さんは、中国国内から香港を訪れる人々や香港市民に対し、情報統制の壁を越えた「真実の記述」を届けるニッチなインフラとしての価値を見出し、本を通じた社会貢献との思いで書店経営を続けていたのである。
また、郵送などで中国国内の読者へ直接書籍を届けるビジネスモデルは、書店にとって重要な収入源でもあった。
では、「禁書」とされた本とは、どのようなものだったのか。
まず、習近平国家主席をはじめとする中国共産党指導部の内幕や私生活、愛人問題、さらには権力闘争などを扱ったゴシップ性の強い政治本である。そして、中国国内で発禁となっていた天安門事件などの歴史的出来事に関する記録や批判的な論評、さらに政治改革や民主化を訴える研究書や雑誌なども取り扱っていた。
これらは中国国内からの旅行客が土産代わりにこぞって買い求める人気商品だったとされる。林さんの書店は、それらを幅広く取り扱っていたことから、多くの人々の支持を集めていた。
中国政府の監視下に置かれた後の2016年6月、書店の顧客名簿が保存されたハードディスクを引き渡すことを条件に、一時的な香港への帰境を認められた。しかし林さんは当局の指示を拒否して記者会見を開き、中国当局に拘束された際の一部始終を公表した。
2019年、香港政府が中国への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案の審議を始めると、林さんは身の危険を感じ、同年4月に台湾へ移住した。事実上の亡命だった。

