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ライフ #百貨店消滅タウン

「名古屋や豊田より購買力が低い街」だったのに…76億円"ハコモノ再開発"が招いた「愛知の商業都市」の哀しい衰退

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康生地区
地元の商店主たちはなぜ「身の丈に合わない再開発」に踏み切ったのか(写真:筆者撮影)
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康生通東。仏壇屋やメガネ屋などの老舗が軒を連ねる(写真:筆者撮影)
しかし人通りは少ない。すれ違ったのはバスを待つ人だけだった(写真:筆者撮影)

商店街が描いた未来と、市民が選んだ未来

地元の商店主たちは、次の世代に誇れる商店街を残そうとした。松坂屋を迎え、外部資本に対抗し、市民の消費を引き上げようとした。どれも街を守るための選択だった。

岡崎が商業集積を失ったのは、モータリゼーションによる郊外化だけが原因ではなかった。商店街が描いた買い物の姿と、市民が選んだ買い物の姿が、最初から少しずつかみ合っていなかったのである。

そして、ハコモノを中心としたこの再開発は、時が流れるうちに成功事例ではなく反省事例として語られるようになった。当時の駐車場が狭く、アクセスも悪いことに加え、等価交換による権利関係の複雑化は、機動的なリニューアルや解体・建て替えを遠ざけた。

「息子に、跡を継いでほしい」

商店街店主たちの思いやりが、結果的に駅前の衰退や、百貨店の全滅を招いたのである。

【前編】「全国初の再開発だ」→「40年で松坂屋も西武もセルビも消える」…"愛知屈指の商都"から百貨店が全滅した切ない顛末 では、岡崎から百貨店が消えた経緯について、ライターの杉浦圭さんが詳細にお伝えしている。

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