商店街が描いた未来と、市民が選んだ未来
地元の商店主たちは、次の世代に誇れる商店街を残そうとした。松坂屋を迎え、外部資本に対抗し、市民の消費を引き上げようとした。どれも街を守るための選択だった。
岡崎が商業集積を失ったのは、モータリゼーションによる郊外化だけが原因ではなかった。商店街が描いた買い物の姿と、市民が選んだ買い物の姿が、最初から少しずつかみ合っていなかったのである。
そして、ハコモノを中心としたこの再開発は、時が流れるうちに成功事例ではなく反省事例として語られるようになった。当時の駐車場が狭く、アクセスも悪いことに加え、等価交換による権利関係の複雑化は、機動的なリニューアルや解体・建て替えを遠ざけた。
「息子に、跡を継いでほしい」
商店街店主たちの思いやりが、結果的に駅前の衰退や、百貨店の全滅を招いたのである。

