さらに、2人に通じるのは、自分を客観的に見てプロデュースしていく、第三者的な視点を持っているという点だ。
亀梨は「男子はまだ無邪気に遊んでいる10代前半、自分をどう磨いて生かすのかを徹底的に考えていた」とそのスタート時を振り返るし、田中も「どんなときも大切にしてきたのは客観性で“見え方”や“魅せ方”は人一倍意識をしてきました」と語っている。
2人とも、自分に対して客観的な視点を持ち、自分という素材をどう魅せて魅力的な商品にするかを考え抜いてきたのである。
「ナルシスト」や「ぶりっ子」も、求められればそう振る舞う
亀梨は、かねてインタビューなどで、自分のことを「亀梨くん」「亀梨和也」というように、自分そのものとは別であるかのように語ることがある。たとえば、以下のような感じだ。
「突然脱いでくださいって言われたとして、自分だけの頭で考えると『脱ぐの!?』ってなるかもしれない(笑)。でも、“亀梨くん”だからって考えられると成立させられる」
つまり、自分では躊躇するようなことも、“亀梨くん”というタレントだと考えて実行する――そんな落ちついた、自分そのものとは乖離した客観的な視点を持っているのである。

