亀梨和也は1998年、中学校1年生のときにジャニーズ事務所に入所。入所時に「歌もダンスも人より下手で、顔もブサイク」という自覚があったとして、当時同じジュニアとして活動していた錦戸亮にも「おう、ブサイク!」とからかわれていたと笑って振り返っている。
実際、ジュニアの番組の収録時に、山下智久には100人単位のファンがついてきたが、亀梨は2人だけだったこともあったようで、山下を「会社に入った時には雲の上の存在」「素材がピカイチ」と称賛する。そして、「(山下のような)“王道かっこいい”人たちと同じことをやっていても(自分は)かっこよくない」として、ダンスのターン1つにも工夫をしていく。
2001年には「KAT-TUN」が結成されるが、当時は「(ジュニアの中の)B級の寄せ集め」と言われ、本人たちにもその自覚があったという。
たしかに、その年は、今やジュニアの花形仕事である、テレビキー局の夏のイベントのイメージキャラクターも、同年に結成された「☆☆I★N★G★進行形」というジュニア内の別グループが務めており、当時のジュニア内でも1番手という印象は薄い。
「顔で商売できるタイプじゃないと思う」
さらに、亀梨が自分のことを「少なくとも、顔で商売できるタイプじゃないと思う」と発言しているのは驚きだが、「俺はただ立っているだけで成立するスターみたいな人じゃないと思ってるからね(笑)。そこはやっぱり努力していくことが必要になるよね」と、“劣っている自覚”を努力に転化させたことを語っている。

