この違いは、大谷選手の怒りの表情が「冷笑」や「威嚇」ではなく、「向き合う」種類の強さに見えた理由の1つだと考えられる。怒りという感情そのものが、本質的に問題から逃げず、立ち向かうための準備状態だからだ。
怒りが、実際に“結果”へ転換されていた
理論だけでなく、実際の試合経過にも注目したい。報道によれば、前述の通り、大谷選手はこの一件のあった3回以降、自らピッチコムを操作して配球を組み立て直し、相手打線を完全に抑え込んだという。
大谷選手自身も試合後のインタビューで「自分で組み立てだったりとか、球種の選択だったりとか、まず、やってみようっていうのが、いい投球の1つの要因だったのかなとは思います」と語っている。
怒りという感情がパフォーマンスに与える影響については、研究によって結果が分かれる。ある実験では、怒りという感情の誘導によって、一部の条件下でパフォーマンスが向上したことが報告されている(※7)。
ただし、この実験はランニング競技を対象にしたものであり、投球のような技術的なパフォーマンスにそのまま当てはまる保証はない点には注意が必要だ。
また、怒りそのものではなく不安を対象にした研究ではあるが、感情が「自分の制御下にある」と感じられる場合にはパフォーマンスを促進し、「制御不能」と感じられる場合には妨げる、という知見もある(※8)。
不安と怒りは異なる感情ではあるものの、その強い感情が「制御されているかどうか」が結果を左右するという発想自体は、怒りについて考えるうえでも参考になる。
これらを踏まえると、大谷選手は「怒り」という強いエネルギーを、誰かへの攻撃ではなく、自分自身の投球の質に転換する力に変えたのではないか、という見方ができる。怒りそのものを否定せず、それを成果に変換できることこそが、際立った強さの証しなのかもしれない。

