理科2類に入った後の玉井さんは、受験期間に自分で中国語や韓国語を勉強していたこともあり、要領よく単位を取得し、優秀な成績を収め、難関であった理学部物理学科に進学振り分けで進みます。
その後は東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の修士課程に進み、そのまま博士課程で研究者を目指すことを見据えるも、周りのとんでもない優秀な人たちに圧倒され博士進学を断念。
「学業がだめならお金だ!」と考えを切り替え、欧州系の外資系投資銀行で1年半勤務、その後、アメリカ系の外資系資産運用会社で26年半を過ごします。
大卒・院卒の平均的な初任給の2〜3倍
当時は『金融ビッグバン』と言われ、金融業界での規制緩和が行われた時期。外資系の金融機関が、金融工学を駆使できる理系出身の大学生や大学院生を、大卒・院卒初任給の2〜3倍程度の給与で採用しはじめた時期でした。玉井さんは「この波に上手く乗れた」と振り返ります。
欧州系の投資銀行では金融派生商品(デリバティブ)に関わる仕事を行い、そこからアメリカ系の資産運用会社に転職し、26年半勤めます。
「理系出身ということで、長年、日本株の定量分析(クウォンツ・アナリシス)を行う仕事に従事していました。大学・大学院で培った理系的センスを最も活かせる分野で活躍できたのではないかと思います」
長く勤める中で、多岐にわたる価値観の変化、組織の進む方向性の変化は目まぐるしく、その加速を肌で感じていました。それでも「今の自分の仕事を定年まで安泰に続けることはできるだろう」と安易に考えてもいたといいます。
その矢先の2025年の3月、突然仕事内容の変更を告げられます。クウォンツ分析から、企業のファンダメンタルズ分析のサポート的な仕事に移ることになり、「周りと同じような仕事をしなさいと言われた」と玉井さんは感じたといいます。
「時代の流れやテクノロジーの発展もあるので、やむを得ないところもあるとは思います。でも本音を言うと、納得がいきませんでした。上司の説明は全く理解ができませんでした」

