例えば、小学校の社会科では各地域の特産物の生産量を覚えますよね。この時「さつまいもの生産量1位は鹿児島で……」と機械的に覚えても、面白くない。面白くないから、興味がわいてこない。だから、やる気にならず、いつまでも勉強が進まない。
学習のコツは「好きになること」です。相手のルーツや背景を知って、「もっと知ってみたい」と自分自身に思わせる工夫をするだけで、一気にやる気が湧いてきます。
例えば、「鹿児島は火山灰質のシラス大地が広がっていて水はけがよい代わりに、コメなどが栽培しにくい土壌があり、琉球を通して最初に薩摩(鹿児島の旧名)の地へ伝えられたから、さつまいもの生産量一位なのだ」と、余計なことまで覚えてみる。
暗記量が増えたからやりにくいと感じるかもしれませんが、実はこの方が覚えやすいはずです。どうしてそこでさつまいもが栽培されるようになったのかという歴史・過程を知ってはじめて、答えに納得できるでしょう。納得が理解の呼び水になるのです。
もちろん、スーパーではなく、お土産屋や地域の飲食店でご当地グルメに舌鼓を打ちたい方が大半でしょう。とはいえ、それら観光客向けのお店で売られる「ご当地グルメ」の中には近年になって新たに作られたものも、数多い。「地域の歴史」そのものというよりは「その地域の歴史を観光客向けに表現したもの」というのが近いのではないでしょうか。
スーパーで出会う現在進行形の歴史
スーパーで出会えるような郷土料理や商品はその点、「地域の歴史そのもの」という要素が強いのです。伊勢うどんがスーパーでたくさん売られているのなら、街の人々も普段から伊勢うどんを食べているはず。観光客向けに作られた歴史ではなく、過去から連綿と受け継がれてきた現在進行形の歴史なのです。
我々は、「勉強」といえば本やドリルと向き合うものだと決めつけてしまいがち。しかし、味気ない情報を機械的に詰め込むだけでは面白くありませんし、知恵として運用できるかどうかもわからない。
我々が勉強する対象は、どこかの誰かが実際に物事と向き合いながら試行錯誤した末に得られた知の結晶なはず。本来、勉強とは本を読むことではなく、世界と向き合いながら観察できる様々な事象を、見逃さないでしかと捉える姿勢のことを指します。
確かに、スーパーで学べる内容は「教科書」には載っていないかもしれません。なんなら、いわゆるテストや受験で点数が上がるような勉強かと問われれば、違うケースの方が多いでしょう。
しかし、ここではテストでは学べない、あるいはテストで必要なことと自分自身を結びつける「かすがい」のようなものを得られます。知識自慢の頭でっかちにならないためにも、スーパーという観光地をよく観察してみるのはいかがでしょうか。


