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「農業技術研究発祥之地」の記念碑も存在する(写真:筆者撮影)
こうした経緯で国の施設が置かれてきたこの地は、江戸時代に徳川将軍が鷹狩りを行うための御殿がつくられた場所である。江戸幕府の土地の跡地が、明治時代から国の機関が集まる国有地として受け継がれてきたのだ。
歴史や文化が色濃く残る街
西ケ原が再開発されない主な理由は、飛鳥山公園や旧古河庭園などの文化資本の存在、滝野川区時代からの公共施設の立地、明治時代からの国有地の3つであると分析した。
ある街が再開発されない理由には街の歴史が関係しているものだが、西ケ原ではそれが特に影響している。そして今でも街を歩くとさまざまな史跡や施設に出会い、歴史や文化が色濃く感じられる。西ケ原は、今後もその歴史を後世に受け継いでいくだろう。
参考文献
大日本山林会『明治林業逸史[正]続編』1931
東京高等農林学校『東京高等農林学校沿革略』1940
東京都北区『北区史』1951
大蔵省印刷局『大蔵省印刷局百年史 第3巻』1974
滝野川警察署史編集委員会『滝野川警察署史』1975
農林水産省農事試験場『農事試験場研究のあらまし 鴻巣55周年・北本20周年記念』1979.7
東京大学百年史編集委員会『東京大学百年史 通史 1』1984.1
北区史編纂調査会『北区史 通史編 近世』1996.3
北区史編纂調査会『北区史 通史編 近現代』1996.3

