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正露丸の"効果"が判明したのは、実は「それほど昔ではない」? 生き残りをかけて研究を重ねた「大幸薬品」の"意外な過去"

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正露丸
120年にわたって日本人のお腹を守ってきた正露丸。筆者宅にも常備されている(写真:大幸薬品)
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大幸薬品は、戦後80年近くかけて「正露丸の会社」としての地位を築いた。しかし、約7%の止瀉薬市場で半分近いシェアを獲得しただけでは成長に限界がある。

それは、正露丸の研究を進めた現社長・柴田高氏が入社した当時から抱いていた問題意識でもあった。

正露丸を科学の力で磨き上げても、「正露丸しかない」という構造は変わらない。大幸薬品は第2の柱を求め、まったく異なる分野へと踏み出した。その挑戦から生まれたのが、衛生管理ブランド「クレベリン」だった。

クレベリンは二酸化塩素を活用した空間除菌ブランドとして展開され、05年に業務用の販売を開始し、08年には家庭向けにも市場を広げた。特に新型コロナウイルス感染拡大時には需要が急増し、一時は大幸薬品の業績を支える第2の柱となるかと期待された商品だった。

しかし、その勢いは長く続かなかった。消費者庁は、クレベリンの一部広告表示について合理的根拠が十分に示されていないとして、景品表示法に基づく措置命令を実施。その後、課徴金納付命令も出された。

表示内容に関する判断だったが、市場環境は冷や水を浴びせられたように急激に勢いを失っていった。感染管理事業の売り上げは大きく落ち込み、会社の業績にも影響を与えた。

そんななかで会社を支えたのは、正露丸やセイロガン糖衣Aを中心とする医薬品事業だった。感染管理事業の落ち込みによって業績が大きく悪化した後も、医薬品事業は着実に売り上げを伸ばし、業績回復の原動力となった。

「正露丸しかない」という課題から始まった挑戦の末に、結果として会社を支えたのは、創業以来育て続けてきた正露丸ブランドだったのだ。

近年、持ち運びに便利な携帯用セイロガン糖衣Aも発売された(写真:大幸薬品)

国内市場の充実と海外市場への進出

正露丸の今後の方向性について柴田航マーケティング部長は、海外市場の拡大と次世代へのバトンタッチを挙げる。

大幸薬品は、96年に台湾、04年には中国全体の市場を狙って香港に進出し、伝統医薬への理解が深い東アジアを中心にシェアを広げてきた。

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