このラッパのマーク・メロディと正露丸を徹底的に結び付ける演出により、私たちには「正露丸といえばラッパのマーク」という認識が刷り込まれていったのだ。
「においがあるから正露丸」最初は受け入れられなかった「糖衣A」
正露丸といえば、まさに「良薬口に苦し」の象徴。その強烈なにおいと苦味で、旧日本陸軍の兵士でさえ抵抗を示し、軍の首脳部が「明治天皇陛下のおぼしめしの薬(御神薬)」として奨励したという逸話も残っているほどだ。
屈強な兵士でさえ嫌がるのだから、子どもに飲ませるのは一苦労だろう。
「当時社内では、『売れているのならそれでいいのではないか』という議論も交わされていたそうです。しかし、お客様からは実際に『においがきつい』『飲みにくい』というご意見がよく寄せられていました。そこで、お腹の不調を抱える幅広い人に薬を届けたいという思いから、より飲みやすく、携帯しやすい商品の開発を始めたのです」
66年には、主成分を木クレオソート以外に変更し、白い糖衣で飲みやすさを高めた「セイロガン糖衣」を発売した。改良を重ね、81年には木クレオソートを主成分としながら臭いを抑えた「セイロガン糖衣A」を発売した。
「柴田仁会長によると、糖衣A販売当初は売り上げがかなり厳しかったそうです。お客様のなかには、『このにおいと苦味があるのが正露丸』『においがあるから効くんだ』という方も多かったようです」
そこで、正露丸とセイロガン糖衣Aを同じCMで並べるなどのプロモーションを、15年間にわたって地道に続けた。すると徐々に試してみる人が増え、家庭環境や使用する状況によって使い分けされるようになっていった。
「セイロガン糖衣A」は子どものいる家庭などに徐々に浸透していき、09年の売上高では、正露丸19億3000万円、セイロガン糖衣Aが19億3800万円と初めて逆転(連結決算ベース)。以降21年まで医薬品事業のうち最も高い売上高となるヒット商品に成長していった。
しかし、セイロガン糖衣Aの開発により大幸薬品が勢いを増す裏で、医薬品メーカーとして避けては通れない問題が発生していた。
それは、「なぜ効くのか」の証明だった。
(後編へ続きます)

