おかげで、ジャワ島で観光客ごっこをして週末を過ごしたあとジャカルタに到着したとき、私の神経は張り詰めていた。フォーシーズンズホテルにチェックインするころには、のんきな休暇気分は完全に消え失せていた。
「そんなの、絶対に着られない」
その緊張感をいっそう募らせるできごとがあった。服装問題だ。政府関係者と事前にやりとりするうちに、次期大統領ジョコ・ウィドドとの面会では、マークが敬意の証としてインドネシア伝統のバティックシャツを着用するという前提で話が進み始めていた。ろうけつ染めのカラフルな模様が施されたシャツは、マークがふだん着ているものとはかけ離れている。当当日朝、私はそのシャツをフォーシーズンズのマークのスイートルームに届けた。マークは一目で拒否した。
「そんなの、絶対に着られない」そう言うと、マークはバスルームにひっこんでしまった。
私は自分と派手なシャツの存在感をできるだけ消そうとしたが、服装をめぐる膠着状態は続いた。国家元首と会うときはスーツを着るつもりでいてほしいと以前からマークに伝えてはあったが、バティックシャツはさすがに受け入れがたかったようだ。スーツどころかいつものユニフォームに戻ってしまうのでは、またパーカ戦争が勃発するのではと私は心配になった。メキシコ大統領に面会したとき、マークはパーカとTシャツを着ると言って聞かなかったのだ。
待てど暮らせどマークはバスルームから出てこず、私は不安になった。インドネシア次期大統領との会談に向けたブリーフィングがまだだった。いますませなければ、もうチャンスがない。なのに、予定の出発時刻が過ぎてしまった。もう午前9時になろうとしているのに、私たちはまだホテルから出てもいない。
ジャカルタの渋滞は本当にひどいから、このままでは遅刻だ。しかも準備不足のまま会談に臨むことになる。それでも私たちは――マークのアシスタントのアンドレアと私は――マークがよしとした服を着て出てくるのを黙って待つしかなかった。
私たちは引き攣った笑みを交わしながら待った。アンドレアは中国系アメリカ人の元体操選手で、忙しさを剣と盾に使うタイプだ。愛想よく雑談に応じる人ではない。やがて痺れを切らしたアンドレアがマークのバスルームをのぞいた。どういうわけか、笑い声が聞こえてきた。
やっとマークがバスルームから顔を出した。
「ズボンが裂けた」
こんなトラブルは想定していなかった。ふだんマークはジーンズを穿く。汗対策に予備のシャツは用意していたが、ズボンの替えはない。アンドレアは笑いながらもバスルームでズボンを繕った。私の電話に次期大統領の関係者からさかんに連絡が来ていた。いまどこなのか、予定ではもう州庁舎に着いている時間なのに何をしているのか。私はズボンではなく渋滞のせいで遅れていることにした。私たちは大幅に遅刻して州庁舎に到着した。バンに乗っていた全員を急いで降ろした。

