最後に言及しておきたいのは、ビジネスライクなネットメディアの存在。「キモイ」「不快」を強調した報じ方は、無用な争いを生むなど目に余るものがあります。
前述したように「“おじさんイジリ”で数字を稼ごう」という戦略も、「一部の人の意見を多くの人々が言っているように見せよう」という編集も、確信犯的。そして、それを見る人々は「何となくわかっていながらけっきょく乗せられてしまう」という状況が続いています。
これは「もう性別や年齢のイジリに反応して、数字稼ぎに加担しない」という、1人ひとりの行動で変えていくしかないのかもしれません。
「ハーフパンツ」は近いうちに慣れる
また、そんなメディア報道を見ていて、あるテレビ番組のインタビューで「嫌」「不快」などと語る若い女性の姿に危うさを感じました。そのインタビュー映像は切り抜かれてネット上に残るリスクが大きく、今回のネガティブなコメントはデジタルタトゥーに近いものを感じさせられます。
そもそもテレビの街頭インタビューは、「このような流れにしたい」という台本に沿う形でコメントが切り取られやすく、基本的に映像の確認はできません。だから若年層や高齢層などの無防備そうな人が声をかけられやすいのですが、SNSへの書き込み以上に慎重な姿勢が求められます。
ハーフパンツでの勤務は慣れの問題で、違和感がある人もいずれ薄れていくでしょう。これは他の服装、髪型、体形、話し方、表情、仕草、振る舞い、持ち物なども同様であり、性別や年齢のギャップを感じるものでも徐々に慣れていくものです。
ただできれば、慣れる前から個人それぞれの選択を尊重し、自分の感覚で語らないようにしたいところ。それが自分を尊重してもらうことにもつながりますし、自分の感覚を優先させて包容力に欠けがちな社会に必要なことではないでしょうか。
