残念ながら、学校におけるいじめ、自殺、事故などの不祥事が起きるたび、このような自己奉仕バイアスに基づく責任逃れはこれまでも数多く目にしてきた。
しかし、ここで忘れてはならないのは、生徒1人が死亡しているという事実である。学校側も、バス会社側も、この重大な事実と真正面から向き合っているのかと首をかしげたくなるような対応に終始していると言わざるをえない。
最優先されるべきは、どちらの組織がどこまで責任を負うかの駆け引きではない。なぜ尊い人命が失われてしまうような事態に至ったのか、このような運行形態になったのか、誰も気づかなかったのか、誰も止めなかったのか、安全確認が機能しなかったのかという検証である。
ドライバー個人の無責任さ
もちろん、運転手個人の責任も重大である。報道では、運転手が過失運転致死傷容疑で逮捕され、速度に関する供述も報じられている。さらに、まともに歩行できる状態でなかったこと、事故前の短期間に複数の大きな事故を起こしていることも報じられている。本人は「免許を返納したい」と述べていたと、複数の知人がカメラの前で証言していた。
しかも、当日事故に至る前から、危険な運転をしたり、車体をトンネルなどでこすったりするような運転を繰り返し、生徒のなかには命の危険を感じた者もいたとも報じられている。
有償で複数の乗客を乗せた車両を運転する者には、通常以上の慎重さが求められる。そのため、通常の免許ではない二種免許が必要になっているわけであるが、当の運転手がそれを保有していなかったとも報じられており、これが本当であれば、悪質かつ杜撰な法令無視だといえる。
危険運転の背景には、「これくらいなら大丈夫」という過信がある。長年運転してきた経験は安全資源にもなり得るが、同時に慢心の原因にもなる。特に高速道路では、わずかな判断の遅れや速度超過が重大な結果を招くことにつながる。
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【ドライバー本人も危険を自覚?】
