もう一つ重大なのは、引率教員が生徒と同じバスに同乗していなかった点である。もちろん、教員が同乗していれば事故を確実に防げたとは言えないかもしれない。しかし、部活動遠征における引率とは、単に現地で指導することではない。移動中も含めて、生徒の安全を見守り、適切な指導をする責任がある。
同乗していれば、運転の不安定さ、速度、休憩の必要性、生徒の不安などを把握できた可能性がある。報道では、事故前から危ない運転だったという生徒の証言も出ている。そのような状況で、大人の監督者が車内にいなかったことは、結果的にリスクの早期発見や早期対処を困難にしたことは間違いないだろう。
これは安全管理の責任を「任せた」のではなく、「放棄した」と言われても仕方ない。業者に運転を委ねることはありうることだとしても、それはあくまで法令を遵守し、適格な資格を有した業者や運転手に依頼するのが、依頼する側の責任である。そして、業者には、生徒の安全管理まで丸投げすることはできない。
教員の過剰労働が指摘されているなか、連休中にもかかわらず部活の指導をする熱意や労力は大変なものがあるだろう。とはいえ、だからといって引率の責任や安全管理を「手抜き」してよいはずがない。
学校と会社の食い違いが示す責任回避
事故後、学校側と会社側の説明が食い違っていること自体も深刻な問題である。どちらの説明が正しいかは、今後の捜査や検証を待つ必要があるが、少なくとも現時点で見えているのは、両者が「自分たちが主導したわけではない」と説明している構図である。
これは心理学でいう自己奉仕バイアスに近い反応である。自己奉仕バイアスは、物事が成功した時は「自分の能力や努力のおかげ」と考え、失敗した時は「運や環境、他人のせい」と解釈する心理的な傾向のことである。
自己肯定感を維持・高揚させるために誰もが持っている防衛本能であるが、過剰になると自省ができず真の原因を見誤って自己変革を妨げる要因にもなる。
また、個人ではなく組織になると、この傾向はさらに強まると言われている。評判、法的責任、保護者対応、金銭的な補償などが絡むため、真相解明よりも組織防衛が優先されやすくなるからである。
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【学校におけるいじめ問題でも同様のことが起きる】
