部活動遠征において必要なのは、善意や経験ではない。誰が運行責任を負うのか、正規の貸し切りバスなのか、運転手は適格か、保険はどうなっているのか、引率者はどこに乗るのか。こうした項目を、出発前に書面等で確認する制度が不可欠である。これがなければ、安全は、明確な責任をもたない「誰か」に丸投げされることになる。
「把握していない」は免責にならない
報道によれば、学校側とバス会社側は、レンタカーや運転手の手配をめぐって異なる説明をしている。バス会社側は高校側からレンタカーや運転手の手配を求められたと説明し、学校側はそれを否定している。
仮に学校側が「白バス的な運行」や不適切な手配を把握していなかったとしても、それはただちに責任を免れる理由にはならない。むしろ、生徒を遠征に出す主体として、どのような輸送手段に頼るかを確認していなかったこと自体が問題になる。
さらに、過去の遠征では、貸し切りバスを利用したケースとレンタカーを利用したケースが複数あったようである。にもかかわらず、部活の顧問など学校側は、「正規の」輸送手段である貸し切りバスと、「グレーな」レンタカーとでは、料金も違えば、安全性やルールも違うはず。それを把握していなかったというのは、およそ言い訳にはならず、「知らなかった」では済まされない事態である。
心理学的に見れば、これは「責任の拡散」という状態が生じていたとみることができる。学校は「業者に頼んだ」と考え、業者は「学校の希望に応じた」と考える。その間で、安全確認の主体が消えていく。
このように、組織における事故の多くは、1人の悪意ではなく、複数の関係者が少しずつ責任を手放すことで起こる。
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【引率教員が同乗しなかった問題】
